アメリカンとカナダの禁酒法

CCデリバリーカー

CCデリバリーカー

「カナディアンクラブ」(以下CC)記事第5弾。前回第4弾ではアメリカ市場で好評がつづき、1900年には40以上もの偽ブランドが登場したところまでお話した。
20世紀になっても人気は衰えることなく、また効果的な宣伝広告展開をおこないながらブランド特性をしっかりと伝え、アメリカでの評価はより高まった。それとともに世界市場へと販路を拡大する。
CCの日本初輸出は1909年(明治42)のことになる。夏目漱石が『三四郎』を刊行した年であり、東京ではビアホールが大盛況だった。最も大きな事件は、伊藤博文がハルピンで凶弾に倒れたことだ。他には東京市がワシントン市に桜2000木寄贈(ポトマックの桜/正式記念植樹は1912年、苗木3020本)を決定、アメリカ軍人のロバート・ピアリーが北極圏に到達などの出来事があった。

CCブラックラベル

CCブラックラベル

20世紀初頭に大ブランドに成長していた証として、1919年にイギリスの作家、サマセット・モームが発表した画家ゴーギャンがモデルとされる小説『月と6ペンス』の作品中に、南太平洋の島でC.C.が飲まれる場面が登場する。この頃にはグローバル展開はすでに成功していたといえる。
そして1920年からCCはアメリカで確固たるポジションを獲得した。この年、アメリカは禁酒法を施行(~1933)。カナダでも19世紀末から禁酒運動が盛り上がっていた。1916年にはカナダ国内では州ごとにさまざまな基準で禁酒法が制定された。しかしながらフランス系住民の多い州での法はゆるいものであっただけでなく、カナダ政府は輸出用ウイスキーの製造を認めたのである。

プレミアムなカナディアンクラブ20年

CCクラシック12年

CCクラシック12年

禁酒法が発効されたのちのアメリカはといえば、事前に蓄えたウイスキーはたちまちにしてなくなり、当たり前のように密造の粗悪品が横行する。こうした状況下で、カナダのフランス語圏の州からアメリカへ向けてカナディアンウイスキーが流入していく。なかでもCCの品質は高評化されており、皮肉にも禁酒法下のアメリカで盤石な基盤を築くことになった。
さらには禁酒法撤廃後、アメリカの不足するウイスキー市場を満たすためにCCは多大な貢献をする。カナディアンウイスキーがアメリカ市場を満たし、“カナダはアメリカの酒庫”と呼ばれた。それから21世紀の今日まで、スムース&マイルドなCCは世界150ヵ国以上で愛されつづけている。
かつての記事『カナディアンクラブ/軽快なリフレッシュウイスキー』のなかで、スタンダードな「CC」、「カナディアンクラブ ブラックラベル」、「カナディアンクラブ クラシック12年」を紹介した。それぞれの香味特性を紹介しているので、そちらの記事を参照いただきたいのだが、今回はもうひとつ、プレミアムなカナディアンウイスキーCC20年をご紹介しておこう。

CC20年

CC20年

Canadian Club 20 Years
カナディアンクラブ20年
750ml/40%/¥15,000(税別)
良質なオーク樽での20年超熟成した味わい。甘く華やかな香り、ふくよかなコクで魅了する。深く滑らかな美味しさはカナディアンウイスキーを代表する逸品である。
色/濃い琥珀色
香り/レーズン・スモモ・りんごの花のような芳醇で極めて強い香り
味/スムースでクリーミー・ピュアな感覚にナッツとスパイシーな風味がある
フィニッシュ/りんご・ナツメグ・芳醇なオークの長い余韻

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