仕事柄、家という「器」は、どうにかなると思っていた。
条件の厳しい敷地だったとしても、
信頼できる建築家にお願いすれば、なんとかなる。
予算が足りなければ、小さな家にすればいいし、
変形敷地であっても、工夫すれば、
それなりの居心地は確保できるはず。
けれど、問題は、土地。
努力しても、勉強をしても、
「運命の土地」に出会うことはそう簡単ではない。
もちろん、潤沢な資金があれば別だろうけれど。
土地そのものだけではなく
それまで住んでいたマンションは、駅から徒歩7分。大型スーパーも近いし、車で10分も行けば海にも出られる、そこそこ自然も多い新興住宅地にあった。計画的に整えられたエリアは、清潔で、暮らしやすく、決して嫌いじゃなかったけれど、暮らし始めて十数年。40代も終わりに近づくと嗜好も変わる。人生の後半戦は「味のある、歴史を感じられるような街」で暮らしたいと、土地探しを始めたのだ。
ワタシたち夫婦の土地に対する条件は、予算はもちろんだが、街の持つチカラのようなものを感じることができるか、が重要だった。新しい住宅が整然と並んでいるよりも、昔からの住まいが残り、街の歴史を感じることができるエリア。できれば、適度な起伏があって、眺めのいいところ。少しぐらい不便でもかまわなかった。
そんな漠とした希望は、不動産屋さんの価値観とはちょっと違っていたのか、「これは、オススメですよ」と価格や広さが見合った土地を紹介されても、正直、興味の持てるものは少なかった。土地そのものの条件はすべてクリアできても、そこで暮らしたい、と思えなければ意味がないし、「納得できない場所に、理想の器」を建てられたとしても、それはやっぱり違う、のだ。
物件を見ずに引き返す
細い道まで歩いて、街の空気を感じてみた
けれど、何を重要視するにしても、気になる物件の周辺や駅などからのルートを歩いてみることは土地選びの鉄則だ。チラシや情報誌、ネットから知りえるのは、どうしても土地だけの情報が多くなりがち。物件はもちろん、その周囲環境を肌で感じることはとても重要なことだと思う。
「街のチカラのようなもの」を重視するワタシたちは、その街に愛着を持つことができるか、この道を歩いて帰ることにワクワクできるかで、目的の物件の周囲を歩きまわり、途中で「ここは、ないよね」と、物件を見ずに引き返したことも少なくない。土地そのものよりも、周辺環境が、買い、と 思える土地を探し続けた。
他の条件が悪くても
最終的に選んだ土地は、土地そのものとしては、正直少し面倒な部分もあった。周辺は私道だらけで道路幅も狭い。擁壁もあり実際に使用できるスペースは狭くなるし、地盤改良も必要だった。風致地区の上、住民協定も設定されていて、諸手続きに手間も時間もかかり、不動産取引上や建築上、決して条件のいい物件、とは言えないだろう。工事車両ひとつ出し入れするのも大変で、工務店の方に大変な思いもさせてしまった。けれど、もしこの土地がもっと狭かったり、変形敷地だったとしても購入しただろうと思うぐらい、ワタシたちにとっては、ここが買い、だった。「この土地なら、家が建てられなくても、しばらくはテント暮らしでいいよね~」と本気で思えたのだ。
とはいえ、さすがに、「運命の土地」は少し予算オーバー。その分、予定よりも小さめの「器」になってしまったが、狭い方が掃除はラクだしね、と思うことにしている。
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