王者を想うボトル
ザ・モナークのボトル
モナークとは君主だが、そのラベルには王冠のように見事な角(つの)を誇る赤鹿が描かれている。眺めていると、ヘレン・ミレンがエリザベスII世役を演じた映画『クィーン』(THE QUEEN)の1シーンが必ず目に浮かぶ。
映画はダイアナ元皇太子妃急死に対しての王室の姿勢に国民感情が悪化し、苦慮するエリザベス女王を描いたものだ。避暑先のスコットランドはバルモラル城から鹿狩りのために遠出する。原野、川岸の岩に女王はひとり座り、肩を震わせる。涙しながら彼女が振り返ると、岸辺の先の丘陵に見事な姿の大鹿がいた。
ここで、王室の威厳など時代遅れなのかと葛藤しつづけた女王が、国民への譲歩とも思える決断をする。女王と美しい大鹿。孤高。王者の孤独が描かれ、畏敬の念を抱かせる。
君主ではなく、店主の釜井拡(かまいひろし)氏はモナークのボトルを大切にしている。飲ませてはくれない。もう世に出まわっていないウイスキーで、写真に収めたものはおそらく1980年代半ば(当時¥5,000。ジョニ黒¥8,000の頃)以前のものであろう。もう一本、40年くらい前のボトルも保管している。
グレンフィディックの誘い
明るく優しい釜井拡氏
飲めないから、眺めるだけだから、余計に王者の孤独を味わうことができるのだと思っている。こうやって、普段は気にもしない想いに心を満たされるのは悪くない。最高のウイスキー・タイムだ。
ところが、釜井氏が他の客の相手をしている間は自分の世界に浸り、いろんな想いを巡らしているのだが、彼が目の前にくるともういけない。
「ヒロシぃー、ギムレットをつくってよ」
「あれ、フリを変えてきましたね。調子狂うな。いつもの釜ちゃんでお願いします」
「いやかい。じゃ、釜ちゃんは大阪バーテンダー界のデカプリオってことにしよう」
「あれま、恐れ多い。どちらかというと出っ歯プリオですねん」
こんなベタジョークの世界を繰り広げてしまう。わたしのバーでの会話なんて、まあ程度がしれている。レベルが低い。
次頁ではモナークのカクテルについて述べる。(次頁へつづく)