中泉氏は静かに丁寧に一杯の水割りをつくり上げる。
カクテルとは酒、プラス、サムシング。ウイスキーと水をミックスしたカクテルをつくっているのだ、という実感が湧く。それを口にすると、ウイスキーっていいよな、旨いなと再び実感し、とても愛しい一杯になる。
こんな体感をさせてくれるバーテンダーはそんなにはいない。中泉氏がつくるからいいのだろう。
若い人たちは背伸びしてでも『YANAGASE』へ行きなさいとすすめたい。お行儀よく、ゆっくりと飲んでみるといい。大人になった気がするよ。40代半ばを過ぎた私でさえ、大人になった気がするんだから。ほんと。
ずっとファーザーでいて欲しい
阪神・淡路大震災では山手側の地盤の硬い地域に店があったため、倒壊だけは免れた。それでも修復は大変だったが、『YANAGASE』の姿は昔と変わらぬままである。太平洋戦争の爆撃の地獄絵を見たという中泉氏も、あの10年前の震災には驚愕した。
修復して再開した夜、客たちは笑顔で店にやって来たという。
「まだ町は復旧していませんでしたから、再開のためらいがありました。でも店を開けたら、皆さん、ありがとう、っておっしゃるんです。驚きました」
荒れ果てた状況の中、皆、ひと息入れられる場所を渇望していたことを知った。バーテンダーとして、白いバーコートを着て、蝶タイを締めてカウンターに立つことの意義をその夜あらためて知った。
店にきてくれるひとり、ひとりの心身を癒す。それがバーテンダーだ。そして未来への夢を紡ぐ時間を提供しなくてはならない。
そんな話しをしてくれる中泉氏の目は優しく穏やかだ。私は顔を見つめながら「ずっとファーザーでいてください」と心の中で願う。
中泉氏には90歳になっても100歳になってもファーザーとしていて欲しい。カウンターに立てなくてもいい。客の隣に座っていてもいいから、ファーザーの温かさで店と客を見守っていて欲しいと願うのだ。
左肩のINDEX『おすすめのバー・西日本』も参照いただきたい。
YANAGASE
兵庫県神戸市中央区山本通1-1-2
tel.078-291-0715
17:30~0:00 無休(年末年始休有り)
チャージ¥700、ウイスキー¥800~、カクテル¥1,000~