バーに通う面白味のひとつに、ベテラン・バーテンダーの妙味を知るというものがある。私はバーテンダーの真価は50歳を過ぎてからではないかと思っていて、客の真価も50歳を過ぎてからと感じている。40代半ば過ぎの私なんぞは、ようやく鼻タレ卒業客といえる。

ベテランの中にも饒舌、毒舌、寡黙、無愛想などさまざまなタイプの人がいて、それぞれに妙味があって面白い。平気で客の悪口を言ってゆるされるベテランを知っているが、この人なんかは凄いといえる。若いバーテンダーでは味わえない円熟味だ。


神戸にあるバー『YANAGASE』の中泉勉氏は大好きなベテラン・バーテンダーのひとり。
ひと言で表現すると“father”。私は名バーテンダーを評する時、しばしばドクター、プロフェッサーといった敬称をつける。中泉氏は、客にとっての“ファーザー”が似つかわしい。

日常生活の中で、徳の高い人に出会って心が震えることがある。声高に主張しなくても相手に要求でき、高圧的に振る舞わなくても相手を説得できる人だ。ウイスキーでいえば長熟のなめらかな味わい。中泉氏はそういう徳のある人だと思う。

本人は「褒め過ぎ」と嫌がるはずだが、嫌われてもいいから私はあえて言いたい。
多くを語らずとも客を心地よくする包容力、安定感が中泉氏にはある。若いバーテンダーが垣間見せる“こうあるべき”“でなければならない”といった四角四面の痛々しいまでの接客を数段階も超越してしまった、自然体の姿だ。


神戸らしい瀟洒な一軒家

『YANAGASE』は北野町の不動坂の途中にある。見つけるのは簡単だ。つくりは古いが、風情がある蔦が覆う瀟洒な一軒家で、ライトに光るローマ字の店名もレトロ調で、何やら懐かしい心持ちになる。
いまの季節は、まだ暖炉に火が入っているのではなかろうか。扉を開けて正面にレンガづくりの暖炉がある。冬には薪がチリチリと炎を浮かび上がらせている様子がすぐ目に入る。

カウンター10席、ソファー12席。真鍮のバーの付いた欅の一枚板には味わいがある。静かだが温かさのあるとても優しい空間だ。
カウンター席で、70歳を超えた中泉氏の仕事ぶりを見るのが好きだ。とくにウイスキーの水割りをつくっている姿がなんともいえずいい。(次頁へつづく)