要求されたもの
水割りのグラスを |
「よし。じゃあ、実例を言ってやろう。たまたま、ここにいるオレのダチがついこの間もよ、サラリーマンの携帯を拾ったんだわ。会社に電話を入れたらすぐに本人と連絡が取れてな。なんでも仕事で使うので、お得意さんだのいろんなデータだのと大切なものがいっぱい詰まっていたらしい。そいつは、喜んで10万円出したぜ」
「そうですか…」
「バッキャロー。そうですか、じゃねーよ。それだけじゃねーんだよっ!」
今度は青い服の男が叫んだ。だが、リーダーが低い声で言った。
「そいつは常識が分かっているヤツだった。俺らにご馳走してくれたぜ。この店よりも高級な店だったが、ねーちゃんたちにも気前よく飲ませて、俺らにも好きなだけ飲ませてくれたね。さすがにそこまでの現金は持っていなかったから、クレジットカードで喜んで払ってくれたよ。そりゃー、お前、大切な携帯電話を拾ってくださったんですからって、涙を流して喜んでたね。シャンパンも飲ませてくれたな。まあ、都合、20~30万じゃないの」
「……」
「だからね、世の中ってそういうもんでしょ? 大事なものを拾ってくれた人にはちゃーんとお礼をする。それでお互いに気持ちよく、チャンチャンってケリがつく。だろ?」
「携帯拾って何十万なんて話がどこにあるんだよ。あんたたちにとって世間はキャンディみたいに甘いって言うのか。それが言いたくてこの店を選んだのか。涙を流して喜んだだって? そいつは大金を出す羽目になったことが悲しくて泣いたってことだろう」
「なに~っ!?」
2人の男がいっせいに気色ばんだ。リーダーの目がますます細くなった。青い服の男が興奮して早口でまくしたてた。
「おい、ふざけんなよ。お前のダチだか誰か知らねーが、大切な携帯を拾って差し上げたんだぜ。ほかで拾われて悪用されたら大変なことになるかもしれねーってところを俺たちが救ってあげたんだ。こうして祝いの席まで用意してんだ。まさか、ここの支払いをしないとは言わないだろうな」
「ふっ」
伊藤は思わず鼻で笑っていた。
「そんなことだろうと思っていたよ。あんたたち、ケチな真似しないほうがいいよ」
「お、お前。伊藤っ! てめえ、カタギじゃねーな? 態度がでかすぎるぞっ」
黄色い服の男が叫んだ。
「あいにくだね。オレはカタギだよ。あんたたちとは違うんでね」
「こ、こいつ~」
「っざけやがって」
「このヤロウ、目を覚ましやがれっ!」
いきり立った青い服の男が、テーブルに置かれていた氷の入った水割りのグラスをつかんだ。リーダーが制止しようとしたが、間に合わなかった。伊藤の顔面に中身がぶちまけられた。店のどこからか、女のキャッという声が聞こえた。音楽はかまわずガンガン鳴り続いている。だが、誰も一言も発しなかった。伊藤は目を閉じていた。
前髪から水が滴り落ちる。ズボンの腿の上に水が滲みて肌に吸い付く感じがした。ゆっくりと両手で顔をはさんで、前髪を持ち上げしぶきを切るように思い切りよく手を広げるように上に上げた。それから、ゆっくりとテーブルに置かれていたおしぼりを取り、顔を拭いた。拭きながら顔がほころんでしまうのを抑えることができなかった。伊藤は笑っていた。男たちはいぶかしげに伊藤を見つめていた。
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