礼を言っても

礼を言っても
礼を言っても
「まあ、まあ、とりあえず何か一杯飲んだら」

「いや、オレは酒を飲みに来たんじゃないんで。携帯だけ返してもらえれば」

「まあ、そうあせるなよ。携帯はここにあるよ。これだろ」

テーブルの上に置かれた携帯電話はたしかに見覚えがある。中川のものだ。

「どうも、じゃあ」

と、手を伸ばすと、男はサッと携帯を取り上げた。

「ちょっと待て。そう簡単に返すわけにはいかないよ」

「なんでです?」

「だから、話したでしょ? 物事には筋ってものがあるんじゃないの」

「ですから、オレは今、お礼を言ったんですがね」

「ちょっと、ちょっと。伊藤さん。あんた、ちょっと物分りがあまりよくないね。筋を通して欲しいってこっちは言ってるの」

「お礼を言った上に、何をしたらいいんです?」

「あれー? 伊藤さん、常識知らないんだねー。落し物はね、拾った人に一割お礼を出すものでしょ」

男はニヤつきながら携帯電話を手でもてあそんだ。

「そうですか。ダチから聞いたことがあるんですが、その携帯はすげぇ安かったって言ってました。多分、千円とかそんなもんだと思いますよ」

男の表情が硬くなった。

「伊藤さ~ん。あんたね、何か勘違いしてるよ。この携帯は買ったときの値段だけの価値じゃないでしょ? 記録がさ、色々あるわけよ。情報がさ」

「そりゃあそうです」

「でしょ? だったら、それなりにして欲しいわけよ。いまどきはさ、個人情報っての? 高くつくわけよ。携帯をなくしたり、盗まれたら大変なことになる時代なのよ。分かる?」

「……」

「だから、それなりのお礼が必要だと俺らは思うわけ」

「どうしろって言うんです?」

昔のクセで、ついにらむように眉をひそめて男を見た。すると、男の目が薄目を開けるような感じに細くなった。男は腕組みをして、そっくり返った。あごを持ち上げて、見下すような視線を伊藤に向けた。

「本当に物分りの悪い人だね。伊藤さん。おまけにあんた、目つきが悪いな」

と、細い目で伊藤を見据えている。ほかの二人も黙ってはいたが、上体を起こして首をかしげてガンを飛ばしてきた。店の女の子たちは黙って、そっと一人去り、二人去って、男3人と伊藤だけになった。音楽だけは景気のいいアップテンポの曲が鳴り響いている。伊藤は深く息をついた。

「いや、オレは紳士的にケリをつけたいだけです。その携帯はオレのダチのものです。拾ってくれてありがとうございました。それを返していただけますか」

「……。おい、伊藤。お前、ふざけているのか? それでちゃんと礼をしたことになるのかよっ!」

リーダーの隣にいる黄色い服の男が叫んだ。

「お礼は言いましたよ。これ以上、どうして欲しいんです? 言ってくれなきゃ、分かりませんよ」

あくまでも淡々と話す伊藤に、男たちは信じられないという顔をした。リーダーが軽くうなずいて二人の男を制して言った。

「そうか。分かった。お前はよっぽど飲み込みが悪いようだな。とりあえず、礼と言えば、言葉や品物じゃあねえだろう。価値のある携帯電話だ。出せる額を言ってみな」

「いや、オレにはわかんないっすね」

→要求されたもの p.3