東インド会社にジンは不可欠だった

 
ビーフィーターベースのジントニック

ビーフィーターベースのジントニック

さて、今回はカクテルの定番、ジントニックの誕生について触れてみる。
前回記事(ジン・栄光の歴史2)で、オランダからイギリスへ、ジュニパーベリーの香味を抱いた蒸溜酒が伝わった経緯を述べた。
そしてオランダのライデン大学医学教授シルヴィウス博士が薬用酒として、植民地の熱病対策のために、利尿効果のあるジュニパーベリーをアルコールに浸漬して蒸溜した利尿剤を大量につくった。この薬酒がジュニエーブルの名(ジュニパーベリーのフランス語)で利尿、解熱、健胃剤として広まり、名誉革命後のイギリスで大ブームとなったところまで語った。
では、シルヴィウス博士のジュニエーブル(やがてオランダでジュネヴァ、イギリスでジン)大量製造とはどういうことなのか。前回記事でイギリス、オランダの東インド会社設立に触れたが、このことが大きく関連している。
大航海時代を迎えてからしばらく後の17世紀から18世紀にかけて、アジアの特産品貿易や植民政策のためにイギリスやオランダなどのヨーロッパの国々に東インド会社がつくられ、東アジアで覇権を競った。
ところがインドに赴任したイギリス人、インドネシアに赴任したオランダ人など、東インド会社の社員たちの死亡率は異常なまでに高かったのである。とくに6月から9月にかけてのモンスーン期は死の季節で、この時期にカルカッタ駐在のイギリス社員の3分の1がマラリアによって亡くなったといわれている。
まだ医学の進歩をみない時代であり、特効薬など当然なかった。そうした状況下でジュネヴァ(ジン)が重宝され、シルヴィウス教授は大量に製造したのだった。
同じ頃、コスタリカからベネズエラ、ボリビアまでの南米を原産とするアカネ科アカキナノキの根元にたまった苦い水を飲むと、マラリア患者の熱が下がるとの情報が伝わる。(*アカキナノキは在来種の生態系に多大な影響を与えるため、現在は国際自然保護連合によって侵略的外来種ワースト100)
このキナの樹皮に抗マラリア作用があることを確認し、17世紀半ばにヨーロパにもたらしたのがイエズス会の宣教師たちである。ところが宗教改革による旧教と新教の対立問題があり、イエズス会(ジェスイット)が不審な粉を広めようとしているとの風評によって、いまひとつ浸透しなかった。
とはいえ、紆余曲折を経て、結局はイギリス東インド会社もジェスイットの粉を頼ることになる。イギリス本国からマラリアに倒れた社員のための墓石とともにジェスイットの粉をインドへ送ったのである。
 

マラリア対策に飲まれたジントニック

キナの樹皮の抽出物、主成分キニーネ(quinine/あるいはキニン。英語ではクィニーンみたいな発音)は非常に苦い。インドではこれに砂糖と炭酸水を加えて薬として飲んだ。さらには薬用酒的に飲まれていたジンをミックスするようになったのである。
これがジントニックの原型、はじまりであり、最初はマラリア対策として飲まれたのだった。ジンの歴史をシリーズで綴る3回目であるが、世界史のなかのひとコマにジンはしっかりと関わっている。スピリッツやカクテルの歴史のなかでも特筆すべきエピソードのひとつといえよう。
本格的に炭酸水にキニーネをはじめ香草、果皮、糖分などを配合したトニックウォーターが開発されたのは1771年頃のことになる。ちなみにトニック(tonic)は、ヘアトニックでも馴染みがあるように強壮剤といった意味である。
オマケだが、キニーネと呼ばれるようになったのは本格的な分析研究がすすんだ19世紀になってからのこと。1820年、フランス人化学者がキナの樹皮に抗マラリア活性のあるアルカロイドを突き止め、それをキニーネと命名した。
いまトニックウォーターはさまざまにある。微量のキニーネを使用したもの、香料を使用したものなど一様ではない。

とにかくジントニックの歴史は古い。すでに18世紀には飲まれていたのだ。それも熱帯病、マラリア対策からはじまったのである。ジンもトニックウォーターもかつての味わいとは大きく違うであろうが、21世紀の今日も大いなるスタンダードカクテルとしてジントニックは君臨しつづけている。凄い。
では次回は、イギリスでのジン暗黒の時代に触れようと思う。栄光の歴史シリーズと謳いながらも、やはり影の部分もあったことを伝えなければならない。そこからまた復活したからこそ、いまのジンの栄光がある。(次回、栄光の歴史4につづく)
 

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