この提案に至るまでにはこれまでの家事合理化を中心とした提案ではなく、家事時間そのものを楽しめるものにしたい、という発想の転換がありました。今回は今までになされてきた家事の合理化提案を振り返り、これからの家造りを考えたいと思います。
1.現代のキッチンセットはどのように誕生したか
家事合理化研究の歴史は古く、米国では19世紀後半から20世紀の初めにはすでに多数の研究が行われていました。有名なものとしては1910年代、C.フレデリックによる、家事に工場生産の作業効率化手法を応用し、キッチンの効率性を追求したものがあります。「家事工学」や「科学管理」といった言葉が使われ、その思想は20世紀のキッチン設計の基本となりました。【図1】フランクフルトキッチン:左手前にコンロ、右側に流しがあり、食材が引き出しで整理されている。 |
日本においても1910-20年代は台所の改良が活発に行われた時代でした。土間のかまどでの調理から、板の間の台所で立っての調理への移行が始まったのがこの頃です。
【図2】江戸東京たてもの園に保存されている大川邸のキッチン。窓際に流しとコンロが並び、中央に調理台、正面奥に食堂へとの仕切りとなるハッチがある。 |
戦後の団地が大量に建設されるようになると、ダイニングキッチンとともにステンレスの流し台が生まれます。このときのレイアウトは従来からあった流し台-調理台-ガス台の順ではなく、流し台が中央にあり、設計者の浜口ミホはその調理時間や移動の効率性を比較実験で示したとされています。この流し台がキッチンユニットの製品化となり、やがて現代のカウンターを一体化したシステムキッチンに発展して行くわけです。
ここまでの流れを振り返ると、キッチンの設計は主婦がいかに効率よく調理できるか、に集中していたことがお分かりいただけるかと思います。ここでいう効率とは主婦が一人で調理することを前提としており、家族の参加やコミュニケーションなどは考えていません。まさにキッチンは主婦の城だったのがこの時代です。
参考文献: 「日本人と住まい7 家事」 リビングデザインセンター
2.家族とのコミュニケーションができる対面キッチン
ダイニングキッチンはコンパクトな住戸の中で食事と就寝の分離を実現するために生み出されたアイデアですが、結果的に調理中の主婦と子供の居場所とを同じ空間とする役割を果たしました。1980年代以降、調理における効率的な動線だけでなく、他の家族との関係が求められるようになります。そこで登場したのが対面キッチンです。対面キッチンは壁に向きダイニングに背を向けるダイニングキッチンのレイアウトとは異なり、シンクに立った時にダイニング側を向くので、ダイニングの様子が自然に目に入ります【図3】。子供の様子やTV画面も自然に見渡せ、LDで起こっていることがわかるのが人気の秘密だと思います。
対面キッチンのもう一つの特徴は腰壁の立ち上がりがキッチンカウンターを隠すため、カウンター上に置かれたものがほとんど見えないことです【図4】。ダイニングキッチンではキッチンそのものがダイニングから丸見えであり、壁付けキッチンの場合はダイニングとの境にハッチ状の食器棚を設置することが多かったのですが、対面キッチンではキッチンのある面は見えず、背面にある食器棚や家電カウンターが見えるようになりました。
【図3】【図4】対面キッチン。キッチンからダイニングを見渡せるが、ダイニング側からキッチンの手元は隠れて見えない。 |
対面キッチンにより、キッチンに立つ主婦がダイニングに居る他の家族の輪に参加できるようになりました。しかし、カウンター越しに調理するおかあさんが見えていても、調理に他の家族は参加しているわけではありません。次ページでは、家族参加のしやすいオープンなキッチンが誕生する背景をお話しします。
そして、家事時間の合理化の時代が終わります。>次ページ