ブレンダーの凄み
山崎12年もシーンによっていろいろな味わい方ができる
正直に言うと、無粋なわたしは普段、ウイスキーの入ったグラスを傾けながら、用語を語るほどに香りに神経を集中することはない。心地よい香りであればそれでよし、どちらかというとアフターテイスト、フィニッシュの余韻を愉しんでいるようなところがある。
わたしはただの飲み手にしか過ぎない。繊細な香りとなると、ブレンダーという仕事人の世界だと思っている。
ブレンダーが味よりも香りを頼りにしているところに畏敬の念を抱く。彼らはウイスキーからは数えきれないアロマが立ちのぼるという。それに比べ、味わいからは片手の指で数えられるほどの情報しか得られないらしい。
ひとたびブレンダーがテイスティングをはじめると地質学者が地層を見事に語るように、繊細なフレーバーの層をはぎ取ってみせる。地層が長い時の仕業であるように、ウイスキーも長い製造工程を経て豊かな層を育んでいることを彼らから教えてもらう。
心地よい香りに包まれる
何年も前の事になるが、バランタインの前マスターブレンダー、ロバート・ヒックス氏と話したとき、わたしは「ウイスキーの香りへの意識が希薄な飲み手だと思う。今後は気をつけるようにする」と彼に告げた。するとヒックス氏からは「気をつけなくてもいい。わたしだって、飲み手が自分と同じように香りを感じてくれるなんて考えてもいないから」と返ってきた。そしてヒックス氏はこんな話をしてくれた。
「休日に山崎12年があるとしよう。わたしはブランチにハイボールで爽快さを味わうだろう。夕方にはオン・ザ・ロックで、暮れていく時を愉しむ。そして食後はストレートでゆったりとした夜の時間を過ごす。その間、香りがどうのこうのなんて意識はしないよ。山崎のエステリーな華やかな香りを感じていることは確かだろうが、そのエステリーさに包まれているだけで幸せなんだ。そんなものだよ」
ヒックス氏にこう話されて、肩のチカラが抜けた。味わうのが仕事という場合がままあるが、それ以外のときのわたしは、お気に入りの心地よい香りに包まれながらただボヤっと飲んでいる。
テイスティングをしなければならない場面になると、その場は仕事と割り切ってノージングする。懸命に嗅覚を働かすのだが、自分自身の鼻はちっとも鋭くないことを再確認する作業となる。というか、ただの呑んべぇなんだと思う。最初の判断基準が、どんな香りが立ちのぼるか、というよりも、自分にとって好ましいかどうかの意識が先に立つ。で、「いけねぇ」とばかり姿勢を正して香りを探る。だからテイスティングってのは疲れる。
ただぼんやりと飲むのがいい。
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