輿水チーフに懇願した実験
これまでサントリーのミズナラ樽熟成原酒は、海外の批評家たちが蒸溜所に訪れた時に披露し、テイスティングさせていた。海外のつくり手たち、しかも名ブレンダーたちに披露するのは今回がはじめてだった。ISCの審査員たちはこの原酒をテイスティングして、皆、唸った。これが響や山崎に貢献している原酒か、と納得した。では読者の皆さんに、ミズナラの原酒がどう貢献しているかを教えよう。輿水チーフに無理を言って、ミズナラ原酒のブレンドの効果を実体験してみた。驚愕だった。 |
2年前のこと。私は輿水チーフに無理をお願いしたことがある。
それは、ミズナラ、ミズナラというが、この原酒を使うことで何がどう違うのか実際に知りたい。ミズナラをブレンドすることの効果を実体験したい。テイスティングさせていただけないかと懇願したのだった。
山崎蒸溜所のブレンダー室で、輿水チーフと1対1でそれはおこなわれた。タイプの異なる数種のモルト原酒がテイスティンググラスに注がれていた。詳しくは説明しないが、スモーキーなもの、穀物様が強いもの、スパイシーなもの、そういった個性的な原酒たちが揃えられていたと思っていただければよい。
それらを試飲し、香味特性を確認した後、ミズナラの原酒を数滴それぞれに加えてみた。輿水チーフが「さあ、どうぞ」とこちらの期待感をあおるように言った。私は驚愕した。
透明感とエステリーな感覚に酔う
数滴入れることで、神社・仏閣系の伽羅、白檀なんて香りがグッと立ち昇る、とイメージしていたのだが、それは大きな間違いだった。それよりも透明感のある、キラキラ輝くような味わいに変化していて、香味全体がまるい甘さのような感覚に包まれている。しかもそれぞれの原酒の持つ嫌なクセ、強烈な部分を上手にマスクしてしまっているのだ。
驚いたのなんのって。ブレンデッドの響やシングルモルトの山崎に感じる甘く華やかな花や果実のようなエステリーな香味は、ミズナラの原酒の貢献もあることをこの時知った。
ブレンドの不思議さを身を持って知ったのだ。神社・仏閣という原酒のもつ特性ばかりが謳い文句となり、ミズナラという国産材を使った樽熟成でジャパニーズを印象づけようとしているだけと思っている人たちも多かろう。そうではないのだ。そんなに単純なものではないのだ。
私はあの日の実験をいまでも忘れられないでいる。ミズナラ原酒数滴の力を。あの輝くような透明感とエステリーさを。長期熟成の深遠な香味のミズナラ原酒は、神がかり的な力を持っている。
前回『3回世界の名ブレンダー、山崎に集う』もご一読いただきたい。