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ウイスキー&バー/この店の、この一杯

この店の、この一杯。第50回 福島、バー『山小屋』承継録

福島市に『山小屋』という老舗バーがある。いまそこのカウンターに立つのは山口久仁彦氏。師、及川武夫のスピリッツを受け継いだ彼の歩みを見つめると、運命的で濃厚な情味が香り立ってくる。師弟物語をどうぞ。

協力:サントリー
達磨 信

執筆者:達磨 信

ウイスキー&バーガイド

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山口
大柄な体躯が頼もしい『バー山小屋』のバーテンダー、山口久仁彦氏

バーテンダー、山口久仁彦氏は大柄で逞しい。ゴツイといってもいいかもしれない。今年たしか43歳になるはずだが、アメリカン・フットボールの現役選手でもある。東北社会人リーグの福島のクラブチームで、ディフェンス・タックルのポジションを担う。

山口氏と知り合って7年ほど経つが、その間、私はずっと彼の身体の心配をしつづけてきた。福島市へ出かける機会は少ないから、電話やカクテルコンテストの全国大会の会場で出会った時に「ケガはしてない」「身体に気をつけて」、そればかりを言いつづけている。

シェークをするとフルアタックの豪快さ爽快感がある。
はじめて山口氏のシェークを見た時、氷がシェーカーの中ですべて砕け散っているのではないかと懸念したほどだ。
ところがグラスに注がれる一杯は、冴えたキレ味が鋭い、ドライな口当たりを湛えていた。そのギャップに驚かされた。

ステアは反対に柔らかくしなやかだ。太い指でバースプーンを軽やかに操る。氷を痛めることのない繊細さがあり、研鑽を積んだ安定感がある。
接客もまた物腰の柔らかさがある。その丁寧さは、彼の心根の優しさを物語る。


師のスピリッツが宿るカウンター

店名は『山小屋』。内装もテーブル席側は山小屋風のつくりになっている。山口氏の体躯に似つかわしいつくりといえる。
だが、ここは彼の本来の住処ではなかった。『バー ヤマグチ』という店を、同じ福島市内に持っていながら彼は『山小屋』を守りつづけている。
話は複雑だ。山口氏を語るには、ひとりのバーテンダーの存在を忘れてはならない。

及川武夫氏。東北を代表するバーテンダーのひとりだったが、2003年10月に71歳で他界した。1963年(昭和38)からつづく『山小屋』のオーナーだった。
及川氏のつくるカクテルは正統派の安定感があり、重厚感さえ漂っていた。何よりも私は及川氏の接客が好きだった。朴訥とした静かな語り口調で客を優しく包み込む。カウンター席で及川氏の仕事ぶりを見つめているだけで畏敬の念を抱いてしまう。沈黙の饒舌さとでもいえようか。見事な男ぶりだった。

山口氏の修業はこの『山小屋』ではじまっている。
「基本を忠実に守ること。基本からはみ出しては何も生まれない」
「ボトル、器具やグラスは正しい無理のない持ち方をしなさい。自分の肉体をいじめることのない自然な動きをしていれば、仕事のロスは防げる」
これが及川氏の教えだった。(次頁へつづく)
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