世界遺産/ヨーロッパの世界遺産

ヨーロッパ西部の世界遺産(2ページ目)

古代ローマからルネサンス、大航海時代から産業革命と、現代文明に大きな影響を与えたヨーロッパ西部。ここではオランダ、ドイツ、オーストリア、イタリアから西に位置する国々の世界遺産を紹介する。

長谷川 大

執筆者:長谷川 大

世界遺産ガイド

ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ大聖堂

フォロ・ロマーノ

帝都ローマの中心フォロ・ロマーノ

イタリア/バチカン、1980年、1990年拡大、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv)(vi)
ローマ時代の遺構をまとめた世界遺産で、アウレリアヌスの城壁に囲まれた地域がローマ歴史地区だ。この地区内には帝国の中枢フォロ・ロマーノ、円形闘技場コロッセオ、総合保養施設カラカラ浴場、パリの凱旋門のモデルになったコンスタンティヌス凱旋門などが含まれており、これにバチカン市国の飛び地であるふたつの大聖堂とサン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ大聖堂が一緒に登録されている。

紹介記事はこちら>>ローマ歴史地区/イタリア・バチカン

 

フィレンツェ歴史地区

サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ大聖堂のクーポラ

サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ大聖堂のクーポラ

イタリア、1982年、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv)(vi)
建築、絵画、文学、音楽、食……人間の感覚・感情が爆発し、あらゆる芸術が格段の進歩を遂げた再生の時代、ルネサンス。そのルネサンスを先導したのがフィレンツェだ。メディチ家が金融業で成功するとヨーロッパ最大の富がフィレンツェに集中。芸術家を庇護し、街を再建すると、ダンテ、ミケランジェロ、ダ・ヴィンチなど、超一流の芸術家が集まってヨーロッパに革命を起こした。

紹介記事はこちら>>フィレンツェ歴史地区/イタリア

 

ポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域

イタリア、1997年、文化遺産(iii)(iv)(v)
ポンペイの公共広場フォロとヴェスヴィオ火山

ポンペイの公共広場フォロとヴェスヴィオ火山

美しい海岸線と高くそびえるヴェスヴィオ山に挟まれた風光明媚な街ポンペイ。西暦79年8月24日の午後、この街をヴェスヴィオ山の大噴火が襲う。噴き出した岩石は街を叩き壊し、摂氏数百度・時速百数十kmにもなる火砕流がポンペイを飲み込み、一瞬にして2,000人もの命を奪ってしまった。しかしこの悲劇と引き替えに、街は土中にローマ時代そのままの姿で保存されることになり、タイムカプセルのようにその姿をいまに伝えることとなった。

紹介記事はこちら>>ポンペイ/イタリア

 

アマルフィ海岸

ポジターノの景観

アマルフィの断崖とポジターノの街並み

イタリア、1997年、文化遺産(ii)(iv)(v)
ナポリの南にある複雑に入り組んだ海岸線は美しいだけでなく、防衛上非常に有効であることから人が集まりはじめ、9~10世紀には都市国家アマルフィとして独立する。ルネサンス以前、最先端の科学技術はイスラムにあり、アマルフィは航海術をはじめ様々な技術を取り入れて繁栄する。ポジターノの大聖堂などではイスラムの影響も見ることができる。

紹介記事はこちら>>アマルフィ海岸/イタリア

 

ヴィッラ・アドリアーナ(ティヴォリ)

イタリア、1999年、文化遺産(i)(ii)(iii)
カノープス

ヴィッラ・アドリアーナのカノープス

ローマ帝国中を旅してのちに世界遺産となる数々の建物を建築したローマ皇帝ハドリアヌス。建築家でもあるハドリアヌスがその集大成としてローマ近郊の景勝地ティヴォリに建てた別荘がヴィッラ・アドリアーナだ。ローマ時代には数々の別荘のモデルとなり、すでに廃墟となっていたルネサンス期にも多くの建築家が訪れてそのデザインを研究した。

紹介記事はこちら>>ヴィッラ・アドリアーナ/イタリア 

 

ラヴェンナの初期キリスト教建築物群/イタリア

ラヴェンナ、サン・ヴィターレ聖堂

ラヴェンナ、サン・ヴィターレ聖堂のモザイク。中央がユスティニアヌス

約1500年前の輝きをそのままいまに伝える「永遠の絵画」モザイク。ビザンツ芸術最高峰のモザイクが残るのが「モザイクの都」ラヴェンナの教会群だ。特に世界遺産に登録された8つの構成資産には、金を多用した豪奢なモザイクから、星々や動植物を描いた癒しのモザイク、聖人や皇帝を描いた歴史的なモザイクまで、多彩な意匠で人々を魅了している。

紹介記事はこちら>>ラヴェンナの初期キリスト教建築物群/イタリア

 

ベネチアとその潟/イタリア

ベネチアのサンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会

ベネチアのサンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会

400の橋、177の島、150の運河からなる水の都・ベネチア(ベネツィア、ベニス)。ベネチアは一時地中海最強を誇った海洋都市国家で、その中心がサン・マルコ広場にあるサン・マルコ大聖堂やドゥカーレ宮殿だ。後期ルネサンスの舞台でもあり、サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会やサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会など、ビザンツ・ルネサンス・バロック・イスラム様式が混在した華麗な建築物が散在している。裏通りを入ると運河を中心とするかわいらしい家並みが広がっており、舟巡りや町歩きが最高のアトラクションとなっている。

紹介記事はこちら>>ベネチアとその潟/イタリア

 

ウィーン歴史地区

ホーフブルク宮殿

部屋数2,500を超えるといわれるホーフブルク宮殿 ©牧哲雄

オーストリア、2001年、文化遺産(ii)(iv)(vi)
スイスから領地を移してオーストリア王家となったハプスブルク家。1438年のアルブレヒト2世以降、神聖ローマ帝国が滅びる1806年まで皇帝の座をハプスブルク家が独占する。結婚政策で次々と領地を増やし、最盛期には西ヨーロッパの多くと南北アメリカ大陸、さらにアジア、アフリカの一部をたった一家が治め、帝都ウィーンを中心に「日の沈まない国」が完成した。

紹介記事はこちら>>ウィーン歴史地区/オーストリア

 

シェーンブルン宮殿:オーストリア・バロックの最高峰

シェーンブルン宮殿本館と庭園グレート・パルテール

「シェーンブルン宮殿と庭園群」の宮殿本館と庭園グレート・パルテール

オーストリア、1996年、文化遺産(i)(iv)
フランス・ブルボン家のベルサイユ宮殿に対抗して、オーストリア・ハプスブルク家が贅と粋を尽くした夏の離宮シェーンブルン宮殿。バロック、ロココの装飾が美しいだけでなく、動物園や植物園からクラシックコンサート、オーストリア料理、宮殿ホテルまで、さまざまなアトラクションで観光客を魅了する。

 




キンデルダイク・エルスハウトの風車群

キンデルダイクの風車

キンデルダイクの風車。風車内部は住居として使われていた

オランダ、1997年、文化遺産(i)(ii)(iv)
オランダは13世紀から海に堤防を作って水を引き抜く干拓によって土地を増やしてきた。そのため国土の1/4は海面下にあるといわれている。18世紀にキンデルダイクに風車網が建てられて、干拓地に入った水を風力によって運河に戻すシステムが作られた。キンデルダイクには現在19基の風車が残されており、いまなお活動を続けている。

 

サンマリノ歴史地区とティターノ山/サンマリノ

サンマリノの城砦グアイダ

城砦チェスタから眺めた城砦グアイダ

サンマリノ共和国、2008年、文化遺産(iii)
ティターノ山の断崖を利用して強固な城砦を築き、「自由」を掲げて1,700年以上も独立を守り抜いてきた世界最古の共和国、サンマリノ。堅牢な城壁や城砦はいまも中世の街並みを守り続けており、そしてまた城砦から見下ろすアドリア海の絶景は息を呑むほど美しい。

紹介記事はこちら>>サンマリノ歴史地区とティターノ山/サンマリノ

 
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