古代オリエントの夢の跡 聖都ペルセポリス

西アジアを移動する旅人たちを魅了してやまない3つの遺跡がある。ヨルダンのペトラ、シリアのパルミラ、そしてイランのペルセポリスだ。旅人たちはこの三大遺跡を讃えて「西アジアの3P」と呼ぶ。

メソポタミア文明以降、世界最先端を走っていた古代オリエントにあって、現在のパキスタンからギリシア、エジプトに至る当時史上最大の大帝国を築き上げたのがアケメネス朝ペルシアだ。今回はアケメネス朝の聖都、イランの世界遺産「ペルセポリス」を紹介する。

西アジアの荒野と古代オリエント文明に託された想い

アパダナの列柱。もともと72本が立っていたが、現在立っているのは12本 ©牧哲雄

アパダナの列柱。もともと72本が立っていたが、現在立っているのは12本 ©牧哲雄

一面に広がる荒野。剥き出しの大地。木々はほとんど見られず、草がポツポツと生えているだけ。地面は砂と石がほとんどで、礫(れき)砂漠、岩石砂漠といってもいいような痩せた土地だ。山もほとんど剥げているのだが、鉱物の色なのだろうか、青や赤や黄の筋が所々に入っている。そんな車窓の光景もはじめは楽しかったが、こればかり数十時間も続くとさすがに飽きてくる。

アルタクセルクセス2世の墓から眺めたペルセポリス ©牧哲雄

アルタクセルクセス2世の墓から眺めたペルセポリス ©牧哲雄

現在のエジプトからトルコ、パキスタンに至る古代オリエントの地に、紀元前1万年前後から文明が起こり、世界ではじめて国らしきものが誕生した。やがて国は力を強め、大きな戦争が起こるようになる。

地平線の彼方まで続く荒野を見ていると、砂漠の民たちが国を必要とした理由がなんとなくわかってくる。なるべく領域を広く確保して、家族に水や食べ物をいつでも与えられるようにしておきたい——きっとそんな素朴な想いからだったに違いない。

紀元前6世紀、古代オリエントのすべてを統一する大帝国が出現した。アケメネス朝ペルシアだ。大王ダレイオス1世は、慈悲の山の名を持つクーヘ・ラハマト山の高原に、白く浮かぶ美しい聖都の建築を開始する。古代ギリシア人たちがペルシア人(ペルセ)の都(ポリス)と呼んだペルセポリスだ。