長期保存のために生まれたライムジュース
コーディアルライムを使ったギムレット
イギリス海軍の艦船では、将校たちはジンにライムジュースを搾り入れ、水兵たちはラムにライムジュースというスタイルだった。中南米、カリブ海周辺域の植民地ではライムが豊富に実っていたために入手は容易ではあった。しかしながら艦船に大量に積載するのはいいが、新鮮なライムも長い航海では傷んでくる。
1個傷めば、そこからすべてにおよんで腐りはじめる。現代のような冷蔵設備など夢のまた夢の時代である。柑橘類の保存には苦労した(もちろん、食材全般にいえることではある)。長期保存のためにさまざまな加工を試みていたようだ。状態をみてアルコールを加えたり、砂糖を加えたり、煮てみたりと工夫した。
そんな苦労を解消する優れた製品をイギリス人が生み出したのは1867年のこと。ラフリン・ローズという男が、ノンアルコールで瓶詰ライム・コーディアル(加糖されたライムジュース)を生みだして特許を取得する。これは当時としては画期的な製品であった。
コーディアル(cordial/心からの、はつらつとした)とはもともとイギリスでハーブをアルコールに浸漬した飲み物のことだったが、それが甘いフレーバーを纏った(多くは人工的)ノンアルコール飲料を指すようになったらしい。
保存可能なこのローズ社(1980年代にアメリカ企業に買収)のライムジュースは、すぐさま軍艦や商船が取り入れることになった。ライムの保存管理にアタマを悩ます必要もなく、果実よりも場所を取らず、補給地でのライム調達業務、艦船搬入などいろいろな事情もふまえると費用対効果も高い。
さらには評判を呼んで、船だけでなくイギリスの一般家庭でもさまざまに活用された。ライム果実が広く流通していない時代、料理にも使えてとても重宝だったのである。
ギムレットとコーディアルライム
フレッシュライムジュースを使ったギムレット
そして長きにわたり、なんやかやと語りつづけられてきた。レイモンド・チャンドラーが1953年に発表した『長いお別れ』(ロング・グッドバイ)というハードボイルド小説のせいである。この中に“ギムレットには早過ぎる”とか、“ローズのライムジュース”がなんたら、といったセリフが登場する。
日本には正規輸入されていないが、わたしが若かった頃は、ローズのライムジュースを入手して「ギムレット」に使用するバーがちらほらあった(いまもあるだろうけれど)。また国内外のメーカーもコーディアルライムジュースを発売していて、いまでもそれらを使った黄色がかったような薄緑色の古典的な「ギムレット」ファンがいらっしゃる。
正直にいうと、たとえローズ社のものであっても、わたしはコーディアルライムの味わいを好まない。「ギムレット」は、ドライジン、フレッシュライムジュース、シュガーシロップでつくる現在主流となっているレシピの味わいがいい。
十人十色ではあるが、ライム果実が手に入る時代なんだから、チャンドラーさんとはずっとお別れしたい、というのが本音である。イギリス海軍の元祖「ジン・ライム」だってフレッシュライムジュースだったんだもの。(『ジン・栄光の歴史8/アメリカとオランダのジュネヴァ』へつづく)
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