鳥井信治郎は錬金術師であった
「ヘルメスウイスキー」ラベルにデザインされた“ヘルメスの杖”
明治男の学究心、嗅覚には驚かされる。まさに慧眼(けいがん)。洋酒というものへの関心が一般市民には皆無といえる時代に、洋酒を日本に根付かせ、文化として花開かせようとすることは荒唐無稽(こうとうむけい)でしかない。信治郎自身が錬金術師たらんとしたのかもしれない。わたしには、信治郎の屈強な精神、火傷しそうなほどの熱い情熱が「ヘルメス」のネーミングから伝わってくるのだ。
「ヘルメスドライジン」1936年発売
もうひとつは「トリスウイスキー」である。この「トリス」のネーミング、鳥井の名字とトリスメギストスの二つを掛けたのではなかろうか。わたしはそう推測する。
長い時が培ったスピリッツ
クラフトジンROKU
今年2019(令和元)年、鳥井信治郎の起業から120年、大阪工場創業から100年の時が刻まれた。 ウイスキーでは「角瓶」がナショナルドリンクとなり、「響」「山崎」「白州」という名品があり、そしてワールドウイスキー「碧Ao」が今年誕生した。
100周年を迎えた大阪工場からはクラフトジン「ROKU」、クラフトウオツカ「HAKU」、前回記事で紹介したクラフトリキュール「奏Kanade」が続々と誕生し、サントリーのジャパニーズクラフトシリーズが充実してきている。
和の素材を操った新たなスピリッツやリキュールの誕生は、錬金術師、鳥井信治郎が日本に洋酒文化を創造しようとした魂(スピリッツ)が、長い時を積み重ねて新たな滴り(したたり)、新たな世界を生みだしはじめたのだといえよう。時が培ったスピリッツをいま我々は味わっている。 日本の洋酒文化興隆はバーでの嗜みやカクテルの普及も含めて、日本の錬金術師、鳥井信治郎が礎(いしずえ)を創ったのだとわたしは思う。
さてこれから22世紀に向けて、大阪工場や山崎、白州、知多といった蒸溜所から、誰も手に入れたことがない“賢者の石”が生まれてくるかもしれない。
関連記事
サントリー洋酒文化創造の歴史日本のウイスキーづくり80周年、情熱の時代 ひとりの男の情熱が宿った、傑作
六[ROKU]ジャパニーズクラフトジンの魅力
クラフトジンROKUを生む大阪工場クラフト蒸溜工房
クラフトウオツカHAKU(白)/国産米ウオツカ誕生
クラフトリキュール「奏Kanade」新たな和の世界