連続式蒸溜機と穀物法撤廃がグレーンの時代を生む
ウィリアム・ティーチャーの店(写真右側)
単式蒸溜器では手間と時間がかる。コストを下げようとすると品質が低下する。とにかくいい方法はないかと長年にわたり悩みつづけていたところに連続式蒸溜機が登場したのである。連続式蒸溜機が低コスト、高品質を実現したのだ。
さらに1840年代になると凶作がつづいた。食料供給において頼みのアイルランドは1845年からじゃがいも飢饉に陥り、穀物供給が激減して価格が急騰。頑なまでもの保護主義であったが自由主義への転換となり、1846年に穀物の輸入を制限していた穀物法が撤廃となった。ここから安価なとうもろこし、小麦といった穀類が大陸から大量に輸入されたのである。
連続式蒸溜機と穀物法撤廃によって、ローランドの蒸溜業者にやっと女神が微笑み、嬉々としてグレーンウイスキーを生産した。そして軽快な香味がロンドンをはじめとしたイングランドで受け入れられる。ジンに変わる新しい酒として人気を得るのだった。
ここからエディンバラやグラスゴーではハイランドモルトとの対立が生まれるようになった。こうした流れのなかで、前ページで述べたように1853年、1860年と混和に関しての法が生まれ、ブレンデッドウイスキー誕生へとつながったのである。
『ティーチャーズ/アードモアが中核の名ブレンデッド』の記事で述べたように、1856年にウィリアム・ティーチャーはグラスゴーに酒販店を開業し、そこからウイスキー事業を本格化させ、1863年に、21世紀のいまも愛されつづけている名品「ティーチャーズ ハイランドクリーム」を誕生させたのだった(「ティーチャーズの歩みから探るブレンデッドの歴史2」に続く)。
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