相手や環境への不満ばかりが募る「くれない族」とは

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口を開けば、「○○してくれない」ばかり……そんな自分になっていませんか?

気づかないうちに「○○してくれない」という言葉が、口ぐせのようになっていませんか?

80年代、「くれない族」という言葉が流行語になりました。これは『くれない族の反乱』というテレビドラマから生まれた言葉です。「夫はいつも○○してくれない」と家の中でため息ばかりついていた専業主婦が、そうした自分の殻を脱ぎ捨て、仕事を始め、やがては道ならぬ恋に目覚めていく……といった主婦向けのドラマでした。

このドラマのように、「くれない族」は夫の帰りを待つ専業主婦によく見られた現象ですが、今では世代を問わずどこにでも見られます。たとえば、仕事で忙しい彼氏に「どこにも連れて行ってくれない」と嘆く彼女。仕事がうまくいかないと「誰も私のことを評価してくれない」とすねてしまう社員……。

そして、「くれない族」は高齢者世代にも増えているようです。子どもから電話がかかっ
てこないことに、「私のことなんて誰もかまってくれない」と嘆く老母。身近に友だちが
いないことに、「誰も誘ってくれない」と嘆く老父。年齢を重ねることで思うようにいか
ないこと、失うことも増えていきますが、こうして愚痴を繰り返していると、ますます人
が遠のいてしまいます。
 

「~してくれない」という不満が、怒り・恨みに発展することも……

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「どこにも連れて行ってくれない」とつぶやいても、寂しさが募るだけ

多くの「くれない族」は、自分の期待に家族やパートナー、親友などの「親密な相手」が応えてくれないことに、不満を持ちます。親密な相手だからこそ、「○○してほしい」という期待をかけ、かなわないと「○○してくれない」という不満が生じてしまうのです。この不満は、放っておくと怒り恨みにまで発展してしまうやっかいなものです。

いくら「○○してくれない」と思っても、相手には相手の思惑や都合があり、いつも自分の期待と一致するとは限りません。たとえば、「どこにも連れて行ってくれない」彼を持つと、彼女はがっかりしてしまいますが、彼には彼の思惑や都合があるわけです。

それを「誘ってくれないなんて!」となじってみても、彼はそんな彼女を重く感じるだけ。だからといって、同じ言葉を一人でつぶやいてみたところで、自分の心が救われることもなく、暗く卑屈な気持ちになっていくだけです。

では、どうしたらよいのでしょうか
 

「くれない族」の心理とは……親しい相手に頼りすぎる気持ち

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「誘われ待ち」をやめて、自分から提案してみては?

そもそも、「○○してくれない」と不満を抱いてしまうのは、親しい相手に頼りすぎてしまうくせ、つまり依存心が影響しているのかもしれません。相手が何かをしてくれるのを待つ前に、自分から企画して、相手に提案しているでしょうか?

たとえば、デートの場合、彼氏からの提案や誘いを「待つ」だけではなく、自分自身も「私は何をやりたいのか」を考え、提案するのが自立したお付き合いです。

「今開催されてる絵画展を見に行こうと思うんだけど、一緒に行かない?」「いい季節だし、山登りに行きたいと思うんだけど、週末にどう?」――こんな風に自分自身も計画を提案すれば、彼氏も付き合いを楽に感じるはず。そして、彼氏の都合がつかなかったら、「じゃあ、一人で行くわ」「他の人を誘うわ」と発想を転換する。――こんな風に、彼氏との関係だけに縛られず、柔軟で広い選択肢を持っていたいものです。

なかには、「彼がやりたいことについていきたい」と言う人もいるでしょう。しかし、夫唱婦随が当たり前だった時代なら分かりますが、現代の男性は、いつでも「あなた任せ」にされると負担に感じてしまうものです。逆に「オレの言う通りにしろ」というタイプの男性に従っていると、ますます主体性が育たなくなってしまいますので、注意したいものです。

これは、男女の交際だけでなく、仕事や友人関係など、あらゆる人間関係でも同様です。
 

自己への不満が「くれない」のつぶやきに?

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「時間の充実」を意識すれば、「くれない」のつぶやきも消えていく

また、親密な相手に「○○してくれない」と不満をぶつけるのは、実は自己が充実していないフラストレーションが、あるからかもしれません。

たとえば、自分のやりたいことが分からない、仕事がうまくいかない、自分の実力に限界を感じている――このように、自分自身への欲求不満を持っていると、苛立ちや憂うつ感が湧いてくるものですが、それを無意識のうちに、「夫が○○してくれないから」「家族が○○してくれないから」と、身近にいる親密な相手のせいにしてしまうことがあります。他人のせいにしておけば、自分自身が持つ問題に直面して、傷つくのを防ぐことができるからです。これを心理学では、「防衛機制」と呼びます。

私は、自己の充実は「時間の充実」に比例すると考えます。つまり、自分の時間の使い方が充実したものであれば、自分自身にも満足しやすくなるのです。私は、この「時間の充実」を具体的に実現する方法として、「アウトプット」「インプット」「パスタイム」の「O・I・P」のバランスづくりをよく提案しています。

「アウトプット」とは、仕事や家事、育児、ボランティアのように、自分の力を自分以外のものに向けて発揮すること。「インプット」とは、勉強や情報収集、運動のように、知識や体力を積み重ねて、自分づくりをすること。「パスタイム」とは、娯楽や骨休めの時間を持つことで、頑張っている自分をいたわり、癒すことです。

たとえば、「外では仕事ばかり、休日は家でダラダラ寝ているだけで、無為に毎日が過ぎていく」というグチは、アウトプットとパスタイムが多く、インプットが不足している場合によく出てきます。こんなときには、自分の人生を嘆いたり、身近な人に不満をぶつけたりしたりするより、「O・I・P」のバランスを冷静に考えて、インプット(勉強、体力作りなど)の時間をつくっていく方が建設的です。

一例をあげると、「毎日スポーツクラブと犬の散歩ばかりで飽きちゃう」といった言葉は、生活がインプットとパスタイムに偏り、アウトプットが足りていない女性からよく聞かれます。そして、こうした言葉が口をつくと、他人に対する「くれない」のつぶやきも増えてしまいます。こうした自分に気づき始めたら、生活の中にアウトプットの要素(仕事やボランティア、ブログ執筆など)を取り入れてみてはどうでしょう? 身近な人への不満を募らせることもなく、気持ちが家庭から外に向かい、自分自身が充実してくると思います。

このように、「くれない族」の不満の背景には、親しい相手に頼りすぎる気持ちと、自己への不満(=時間の充実不足)が関係している可能性があります。そうした自分に目を向けず、周りにいる大切な人たちに「○○してくれない」という思いを向けていると、いつかは信頼関係が崩れてしまうかもしれません。そうした事態を防ぐためにも、まずは自分自身の改革に意識を向けていきませんか?
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