日本のウイスキーの故郷、山崎、水郷春望
水無瀬神宮本殿に祀られている後鳥羽上皇の肖像画(国宝)
90周年記念企画としてこれまで谷崎潤一郎、伊勢物語、土佐日記を取り上げ、山崎との関連を述べてきた。今回は百人一首に込められた山崎の地にまつわる思慕の念について語ってみる。
鎌倉時代、山崎の地に遊んだ名高い貴人のひとりに後鳥羽上皇(1180~1239年)がいる。上皇は山崎蒸溜所に近い水無瀬川のほとりに華麗な宮殿(離宮)をつくり、歌人たちを引き連れて優雅に遊んだ。酒宴を開き、歌を詠み、管弦に興じ、狩猟を楽しんだ。
上皇には『伊勢物語』に詠まれた歌に薫る芳醇な叙情への憧憬が色濃くあり、自らの勅宣により藤原定家らに『新古今和歌集』を編纂させた。その中に上皇の詠んだ有名な歌がある。
「見渡せば山もと霞む水無瀬川 夕べは秋と何思いけむ」
“水郷春望”と題したこの歌で、後鳥羽上皇は山崎の夕べの美しさを愛でた。水無瀬川のあたりの山すそがけむり、「春は曙」「秋は夕暮れ」(枕草子)といううけれども、水無瀬の地の春の夕べの見事さはどうだ、と感嘆した歌である。
百人一首は、山崎の地を描いた歌織物
後鳥羽上皇を祀る水無瀬神宮の参道からの景観
彼は不遇となった上皇の身を案じ、こころを痛めながら、京の小倉山で『小倉百人一首』を編んだ。21世紀の今日も多くの国民に愛唱されている百人一首だが、識者の中では謎が多いとされ研究がつづけられてきた。謎のひとつに、凡作があげられる。もっといい歌はたくさんあるのに、どうしてこれを選んだのか、といった疑問だ。
その謎に挑んだのが林直道氏で、“歌織物”という学説だ。林氏の著書『百人一首の秘密―驚異の歌織物』『百人一首の世界』の両著に詳しいのだが、簡単に説明する。
百首の中には同じワード、共通語(合わせ言葉)たくさんある。それらをクロスワードパズルのように組み合わせていくと山紫水明の景色が浮かび上がり、山、滝、川、離宮、花、鹿などの配置が水無瀬の里、つまり山崎を物語っているというものだ。
藤原定家は後鳥羽上皇と雅に遊んだ昔日を懐かしみ、百人一首に織り込んだとされる。林氏いわく、百人一首は“滅びゆく王朝への挽歌”である。
百人一首の後も後鳥羽上皇と歌、水無瀬の関係はあった。室町時代後期、後鳥羽上皇の250回忌法要に連歌の大成者、宗祇がふたりの弟子と水無瀬三吟百韻をおこなっている。これは連歌作品の最高峰とされている。
水無瀬神宮境内に湧く“離宮の水”(名水百選)
そう。歴史に彩られ、名水が湧く地だからこそ、麗しいジャパニーズウイスキーが生まれる。(撮影・すべて川田雅宏)
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