ライバルだったふたりが結婚
『バー・フォーシーズンズ』はほんのひと月前にオープンしたばかりだ。銀座のいい場所にいいバーができたと、単純に私は喜んでいる。銀座は、東西を走る晴海通りの南側、5丁目から8丁目にかけてが夜の街といえる。北側の4丁目から1丁目にかけては夜の街とはいいがたくバーの数は極めて少ない。
南北に走る並木通りの北のはずれ、1丁目に『オーパ!』『スタア・バー・ギンザ』の2店の人気バーがあるが、あまりにも局地的である。もっとバーが増えて夜の街としての貌を見せはじめれば銀座はより活性化するのにと長年思いつづけてきた。
銀座は4丁目、並木通りに『フォーシーズンズ』はある。晴海通りのみずほ銀行とせんべい屋さんの間の道を入って数十メートル行った右手のビルの4階だ。
バーテンダーは勝亦誠氏(かつまたまこと)と藤谷寛子氏(ふじやひろこ)。夫婦である。
つい最近までふたりはライバルだった。数多くのカクテル・コンテストで戦ってきた。勝亦氏は日本バーテンダー協会の全国大会で優勝、昨年ラスベガスで開催された国際バーテンダー協会の世界大会に日本代表として出場している。
藤谷氏は全国大会で準優勝、またビーフィータージンのカクテルの世界大会で優勝という栄誉に輝き、ふたりとも競技者として素晴らしい成績を残している。
バーテンダーとして競技者として研鑽を積みながら結ばれたふたりだが、結婚してこの店を開業するまでは互いに遠く離れた地でバーテンダー生活を送ってきた。
勝亦氏は銀座『オーパ!』の大槻健二氏の右腕であったし、藤谷氏は北海道帯広市で『真藤』(まとう)というバーの経営者だった。私はふたりが結婚して、藤谷氏が東京に出てくると知った時、実はかなりのショックを受けた。これは客の身勝手な感情なのだが、帯広に出かけた時に彼女に会えない寂しさが先に立ったのだ。
『帯広の藤谷ちゃん』とか『帯広の寛(かん)ちゃん』といった呼び方をしていたせいもあってか、『銀座の寛ちゃん』の像がまったく浮かばなかった。
非日常が生む錯覚
『フォーシーズンズ』が開業して間もなく、私はふたりが前に立つカウンターの席に着いた。面白いことに、はじめての店に入った気がしなかった。店内はもちろん新しい、ふたりは新婚であり、ふたり揃ってカウンターの中に立っているのを見るのもはじめてのことだ。それなのにずっと昔からこの店はあったような気がするし、ずっとふたりのコンビを客として見つめてきていたような気もする。(次頁へつづく)