宇座忠男氏は葉桜にひと息ついている頃だろう。
兵庫県は西宮市。夙川に沿って公園がつづく一画にバー『ザ・タイム』はある。最寄り駅は苦楽園口。阪急神戸線の夙川駅から単線の甲陽線に乗り換えてひとつ目の駅だ。

宇座氏の『ザ・タイム』は駅を出て踏み切りを渡ったすぐ左手の建物の2階。窓からは夙川と公園を間近に見下ろせ、桜や松の並木が眺められる。この辺りは桜の名所としても知られている。

閑静な住宅街だがお洒落なブティックやレストランがあり、桜が咲く頃は花見客も混じって賑わう。宇座氏の店にも夜桜を堪能した客が集まり、カクテルを満喫していく。定休日は月曜だから、桜が見頃の土、日の夜なんぞは店は盛況になる。

と、こう書いたものの、桜のシーズンに私は出かけたことがない。顔を出すのは初夏とか晩秋の頃が何故か多く、春のことは話に聞くばかりだ。
「桜が咲く頃にいらっしゃい」と宇座氏に何度も言われながら季節を逸しつづけている。

いつも水と緑の贅沢な景観を眺めながら絵になる場所だなと安らいでいるから、桜の花咲く季節はさぞや見事だろうと想像はつく。出かけたい気持ちは十分にあるが、忙しい時に東京からのこのこ行って余計な気遣いをさせたくないという思いが働く。

カクテルの佳品のような接客

宇座氏は極めて穏やかで心やさしいバーテンダーだ。40年以上カウンターに立ちつづけているベテランで関西バーテンダー界の重鎮でもあるが、そんな素振りは微塵も見せない。
さり気なさに垣間見える人間的な温かみにこちらは酔う。この人が前に立ってくれているなら、ウイスキーの銘柄なんぞ何だっていいような気になるから不思議だ。

店は奥さんの千恵子さんと若手バーテンダーがひとり。3人でやっている。奥さんはとてもチャーミングな方で、話をするととても明るい気持ちになる。反対に宇座氏は寡黙で、淡々と、ひたすら淡々と酒をつくり、サービスをする。このふたりのバランスが絶妙で、甘酸が見事に溶け合いながらキレのよいカクテルとたとえることができる。(次頁へつづく)