神楽坂と聞くと『おでん屋と上司』というタイトルでエッセイを書きたくなる。
20代に5年ほど会社勤めをしたことがあるが、上司によく神楽坂のおでん屋に連れて行かれた。おばちゃんがひとりでやっている店で、いまもやっているのだが、それはそれは旨いおでんを食わせる。
そこで私はひたすら説教を食らいながら、はんぺんやちくわぶを頬張った。滑稽だったな。  
それともうひとつ。その頃、作家の故、色川武大氏の原稿を神楽坂の旅館に取りに行った。FAXなんぞまだまだ普及率が低かった時代で、仕事ものんびりしていた。また神楽坂周辺にいまのような高層ビルは少なくて、風情があった。バーなんて業態の店も極めて少なかったはずだ。
変わっていないようで、街は随分と変貌していくものだと思う。
神楽坂も最近はバーが増えた。これはビル化が進み、テナントの問題があるから、昔少なかった業態が入り込んで行く。


店内
店内はいたってスタンダード。ワインを愉しむ小部屋もある。
さて神楽坂のバーだ。好きな店は『バー フィンガル』。本多横丁の通りに面しているのだが、ひっそりと目立たず、隠れ家的だ。
小ぢんまりした店でありながら、ウイスキーにカクテル、そしてワインも充実している。ワイン好きのための小部屋も用意されている。
オーナーバーテンダーの谷嶋元宏氏がひとりでやっていて、非常にウイスキー好きの男だ。彼とウイスキー談議をしていると2時間はあっという間に経ってしまう。
30代後半だが、さぞや若い頃から勉強してきたんだろうと思っているとまったく違う。たくさん飲んできたことはたしかだが、バーテンダー的な勉強はそんなに長くない。これは経歴によるものだ。


異色バーテンダーといえる。早大理工学部から大学院に進んで高分子化学を修めている。化粧品会社の研究所に5年勤め、そしてバーの世界へ入った。
「実験もカクテルも調合の世界ですからね。まあ同じですよ。だからバーテンダーを目指してもおかしくない」
谷嶋氏はこうサラリと言って笑わせる。
ウイスキーも同じだと。化粧品会社にいたから香りには敏感だ。モルトの官能も似たようなもの。だからウイスキーに魅せられたと彼は言う。
では、谷嶋氏のいまおすすめのウイスキーは何か。