品野清光氏は大阪・梅田に2軒のバーを持つ。とはいっても2店舗が隣接していて、それぞれが異質の空間だ。
右の扉を開くと本店の『オーガスタ』。左の扉を開くと2000年夏に開店した『オーガスタ・ターロギー』。本店はすでに15年以上もの時を刻んでおり、風格が漂いはじめ、開業時からの常連客のくつろぎの場となっている。
今回紹介するのは左の扉の『ターロギー』。ちなみにターロギーとはシングルモルトウイスキー、グレンモーレンジの仕込み水の取水池の名である。この店のつくりにはウイスキーを心から愛する品野氏の想いが随所に散りばめられている。
まずはドアノブ。ウイスキーの蒸溜器、ポットスチルを模した形になっている。そのノブを引くと、エントランスの壁面や天井はポットスチルの内部をイメージした銅張り。そして店内に入ると木の香りが漂う。壁には樽材があしらわれている。サントリーでかつてモルト原酒の熟成に使われていたオークの樽の木を使用したものだ。
その他壁紙はケナフであったり、カウンターや椅子などにも自然素材へのこだわりがたくさんある。
語ると尽きないのでウイスキーに関わる主要部だけの説明にしておく。
品野氏は「若い人たちに、もっとバーの扉を開けて欲しい」と言う。私もそう思う。
バーという空間にはいろんな人間の心情が凝縮されている。多様な職業、年齢の大人が集う。酒を知るだけでなく、人を知る最高の場所ではないだろうか。
グラスを傾けながら、他人の会話にじっと耳を傾ける。そんな時間の過ごし方があっていいと思う。そこから感じ取れるものはたくさんある。
品野氏と話しをしていると飽きることがない。
「ラベル・デザインの貧しいボトルは仕入れたくありませんね」
40を三つ、四つ超えた年齢の品野氏だが、落ち着いた接客の中でサラリと彼自身の胸の内が表出する。
たしかにバーでは飲むだけでなく、ボトル棚を眺める面白味もある。
「見ていて愉しくないとね」
彼の言葉に頷く。とくにウイスキーのラベルにはセンスのいいものが多い。スコッチのラベルの中には、日本人の感覚ではデザインできないだろうと思えるものがたくさんある。ラフロイグのロゴの字間の危うさなど凄いなと感動すら覚える。あの危うさの中にある緊張感は、日本人デザイナーではなかなか真似できるものではない。