バーで知る時の積み重ね。
15年の付き合いになるバーテンダーがいる。はじめて彼の立つカウンターの席に座った時、私は幼稚な酒飲みの30歳だった。彼はまだ24歳の駆け出しの若者、というより何も知らない未熟者であったような気がする。
15年間、私は彼の酒を飲みつづけてきた。その間彼は出世して店のチーフとなり、一昨年37歳で独立して自分の店を持った。
昨年の夏のこと。彼は私の顔をしみじみと見つめながらこう言った。
「大人の酒飲みになられましたね。昔が懐かしいような気もします」
大人の酒という言葉に苦笑しながら私はこう答えた。
「そうかな、ありがとう。君もなかなかのバーテンダーになった」
その後、互いに昔を思い出して照れ臭くなり、黙り込んでしまった。
つい最近まで私は酒の知識と飲み方がアンバランスな決して誉められることのない酒呑みだったような気がする。バーテンダーの彼はといえば若さを露呈することを恐れるあまり背伸びしながら接客していたような様子があった。
互いにやっと落ち着いたということだろう。ウイスキーにたとえるならば、少しばかり熟成感が深まってきたところなのかもしれない。
長く飲み歩いていると、行きつけの店やバーテンダーとの関わりの中で、自分の積み重ねてきた時間の軽重をしばしば実感する。また若いバーテンダーとともに飲み手も成長するんだな、との実感もある。これもバーのひとつの愉しみ方なのかもしれない。
最近、そんな思いに浸りながら飲んでいたら、あるひとりのバーテンダーの顔が浮かんだ。
石垣忍氏。まだ30歳だが、若手の中でもとても優秀なバーテンダーだ。そして昨年末に独立して『バー石の華』という店を渋谷に開いた。いま渋谷の名店となることを目指して、第一歩を踏み出したばかりだ。