おそらく竹本氏自身もすべての数を把握していないだろう。スコッチだけで300本以上、他にジャパニーズ、アイリッシュ、カナディアン、バーボンもあるから数える気にもならないらしい。
「ボトルを手にして味わってみると、そのウイスキーの生まれ故郷に思いを馳せてしまうんです。それで愛着が湧いて、自然と本数が増えてしまいます」
竹本氏はこう言うが、客の喜ぶ顔に出会う愉しみと、ウイスキーを好きになってくれる人が増えて欲しいとの願いが心中にある。
冬に竹本氏の店を訪ねると、時折、愉しいパフォーマンスに出交わす。
古い19世紀のカクテル、『ブルー・ブレイザー』をつくっている姿を見ることができる。
シルバーカップとグラスに火をつけたウイスキーを交互に2往復半ほど移し変え、青い炎の流れを客に見せて喜ばせるというカクテルだ。最後にマグカップに注ぐのだが、その中には適量のお湯とアイラモルトのボウモアが馴染んだマーマレードが1ティースプーン入れてある。
レモンピールを擦り、ドロップさせてでき上がり。
簡単に言えば『ホット・ウイスキー』だが、遊び心にあふれていて、とても温まる一杯だ。ちなみに使用するウイスキーはバランタイン・ロイヤル・ブルー12年である。
竹本氏はスコットランドや日本の蒸溜所を訪ねるようになってからは、つくり手のスピリッツを味わう気持ちでウイスキーを愉しむようになった。香味は素朴なつくり手の姿や自然、蒸溜所の景観を目の奥に浮かび上がらせてくれる。
「以前はウイスキーを頭で味わっていたような気がします。でも、いまはほんとうにおいしいものに理屈や蘊蓄はいらないと思えるようになりました」