語源は、一定の薬の量

 
ティーチャーズ・スモーキーハイボール

ティーチャーズ・スモーキーハイボール

ブレンデッドスコッチ「ティーチャーズ・ハイランドクリーム」(700ml・40%・¥1,270税別希望小売価格)の人気がつづいている。それとともに「ティーチャーズ」のブランドの歴史に興味を持たれる方もたくさんいらっしゃるようで、ウィリアム・ティーチャーが築き上げたグラスゴー最大のチェーン酒場『ドラム・ショップ』って、なんのことですか、と質問されることが多くなった。
そこで2回にわたり、ドラム(dram)やショット(shot)、そしてニート(neat)やストレート(straight)について語ってみたい。尚、「ティーチャーズ」の歴史に関しては、下記関連記事『ティーチャーズの歩みから探るブレンデッドの歴史1~6』を参照いただきたい。
では、『ドラム・ショップ』とは、日本でいえば一杯飲み屋的なものだ。一杯で終わるかどうかは別として、仕事帰りに酒をクィッとひっかけるカウンターバーだけの立ち飲み酒場で、テーブル席などなかった。
すでに16世紀後半、もしくは17世紀前半のスコットランドには『ドラム・ハウス』というものが存在していたらしい。現在のスコッチの洗練とはほど遠い、樽熟成などしていない粗野なウイスキー、モルトのスピリッツを一杯売りする店があったといわれている。
さて、ドラムとは。語源はギリシア語のドラクメとされ、ドラクマ銀貨もしくはその銀貨の重さと同じ薬の量のことを指した。量としては、約4ml弱というわずかなもの。それが中世のイギリスでは転訛してドラムとなり、ドラムという単位で扱われるようになり、近世に入ると定まった液量ではなく“少量の酒”といった意味で使われるようになったと伝えられている。
文献のなかには、1750年代頃のスコットランドで“少量のウイスキー”を指す言葉として広まっていった、と述べているものもある。
ドラムは21世紀の今日も酒場の会話に登場する。たとえば、パブで友人とビールを飲んでいて、「ちょっとウイスキーを飲まないか?」といった会話でドラムというワード(dram of whisky)が使われている。
 

ドラム・ショップが生んだ名品

 
ティーチャーズ初期のボトル

ティーチャーズ初期のボトル

ウィリアム・ティーチャーは1850年代には何軒もの『ドラム・ショップ』を経営するようになっていたのだが、産業革命によって生まれた労働者階級がポケットマネーで気軽に飲め、しかもしっかりとした品質を抱いたウイスキーを提供したいと考えるようになった。
1860年に異なる蒸溜所間のウイスキーの混和、つまりブレンドが許可されると、ティーチャーは香味開発に心血を注ぐ。そして1863年に彼の理想とするブレンデッドウイスキーを生み出した。これが「ティーチャーズ・ハイランドクリーム」のはじまりである。モルト比率が高い彼のブレンドは、キックの効いた、少量でも満足のいく味わいを特長としていた。
19世紀の間、グラスゴーは造船業において世界の中心地であった。クライド川にはいくつもの造船所があり、その造船所や港湾の労働者たちにティーチャーのウイスキーは大人気となる。彼らは仕事帰りに『ドラム・ショップ』に立ち寄り、ティーチャーのウイスキーを一杯やることを楽しみにした。そして立ち飲み酒場のウイスキーはたちまちにしてグラスゴー市民の酒となり、さらには世界的なスタンダードとなった。
「ティーチャーズ・ハイランドクリーム」の穀物様の甘みと心地よいスモーキーさは古典的ともいえ、スコッチが失ってはいけない香味特性だとわたしは思う。とはいえ気取って飲む酒ではない。ロングセラーをつづける名品であることは確かだが、あくまで大衆的なウイスキーだ。
150年以上経ったいま、気軽にソーダ水で割って楽しむのがふさわしい。
 

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