ウイスキー職人が狩人になった

大西為雄

「水の狩人」大西為雄

入門篇「水割その4」で、白州蒸溜所のプロセス・ウォーター(仕込水)が「天然水 南アルプス」であることを述べた。今回は番外篇として、白州蒸溜所が立ち上がるにあたって、重要な役割を担ったひとりの男の話をしよう。
男の名を大西為雄(ためお)という。戦前からの山崎蒸溜所を知り、鳥井信治郎、佐治敬三という二代にわたるマスターブレンダーに仕えた。1963年~70年の間、第8代山崎蒸溜所工場長を務めている。
戦後、敗戦によって海外からの貯蔵樽の調達が困難となった時、ジャパニーズオークを求めて東北から北海道の森林を歩き、北海道で最良のミズナラを見出したのも大西である。戦前から少しずつミズナラ材での樽製造はおこなわれていたが、現在につながる基盤は大西のこの調査にはじまる。

さて、この大西、佐治敬三より命を受ける。「山崎に次ぐ蒸溜所となるべく、新たなタイプのモルト原酒を生む優れた地を探せ」であった。
立地条件、面積、気象、地質、水質、水量、排水条件など22ものチェック項目があった。とくに自然環境、なかでも水。良質であり、かつウイスキーづくりに最適で、さらに枯れることのない美しい水が確保できなければならない。
北海道から九州まで、大西は良水の地を求めて訪ね歩く。気になる水があれば源流奥深く、険しい山中まで分け入る。すべて秘密裏。早朝、暗いうちに川の水を汲む。ハイキングを装って民家を訪ね、水筒に水を詰めてもらう。井戸のある家では井戸水も無心した。そうした地道な行脚をつづけながら山崎蒸溜所の研究所に水を持ち帰り、水質検査をおこなう。
最終的には早朝、何本かのドラム缶に水を取り、山崎のパイロット・プラントで実際にモルトウイスキーをつくり、ニューメイクで確認し、さらには小さな樽に詰めて熟成させる。そして山崎モルトとどう個性が異なるかを徹底的に検証した。

狩人がこころ震えた水

尾白川

尾白川の渓谷

大西為雄はすでに故人である。生前に書いた、白州の水に出会ったときの手記が手元にある。彼自身、最後のご奉公として懸命に調査したと述べている。後に「水の狩人」と呼ばれた男の執念を感じさせるが、ここは要約する。

『山梨県韮崎市から右に七里岩、左に南アルプスを眺めながら北上する。白州町の尾白川の橋上で水の流れを見た途端、血が騒ぎ、胸が熱くなった。川に下りて、テストグラスで水質検査してみると、意に違わず見事な水だった。花崗岩の間を太く流れ落ちる瑠璃色の水を見つめ、震えた。口に含み、幸せな巡り会いを祝した』

神宮川

神宮川

南アルプス、甲斐駒ケ岳の懐に抱かれた北杜市の白州町一帯は花崗岩層。この岩層をくぐり抜けてきた清冽な水に、大西は「震えた」という。そしてもうひとつの川、神宮川をさかのぼり水源まで行き、テイスティングしてみて確信する。山崎の研究所での検証でも期待を裏切ることはなかった。
1973年、白州蒸溜所が誕生する。だが大西が震えた水は高品質なモルトウイスキーの仕込水だけにとどまらず、やがて広く知られ、また愛されるようになる。
1985年、「白州・尾白(おじら)川」の水は環境省の名水百選に選定され、白州の水の清らかさが立証された。
1989年には仕込水はナチュラル・ミネラル・ウォーターとして市販される。これがいま日本で最も人気の高い水、「天然水 南アルプス」である。
さあ、シングルモルト白州を天然水 南アルプスで割ってみよう。自然が響きあった、人に優しい味わいがするはずだ。そして水の狩人がいたことを、少しだけこころにとどめておいていただきたい。

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