直径1メートル、高さが25メートルになる樹齢300年近いジャパニーズオーク、ミズナラの木の下に立った時、私は何か崇高なものを感じた。通直に、つまり真っ直ぐに伸びた姿は威厳があり、畏敬の念を抱いた。そして美しく凛々しく、眺めていて飽きるということがない。
オーク。正確にはミズナラ、コナラ、ナラガシワといったコナラ属の木で、英語でオークと呼ぶ。日本では明治時代に樫(カシ)と誤訳され、それが一般化してしまい、いまでも樫と思っている人たちも多いが、正しくは楢(ナラ)である。
以前にも述べたことがあるが、楢という字は長を意味する“酋(おさ)”の木と書く。楢はまさに木の王なのだ。私が畏敬の念を抱いたのは不思議なことではない。
地域によって自然環境が異なり、成長度合いに違いがあるから明確にはいえないが、ウイスキーの貯蔵熟成につかわれる木はそれでも樹齢100年以上のものになる。とても尊い木なのだ。
ほら、もうひとつ気づいたことがあるはずだ。そう、樽という字は尊い木と書く。酋(おさ)の木である楢(ナラ)はとても尊い木で、それが樽となる、と言われてみれば非常にわかりやすい。
ブレンダーは肉体労働者だ
ではカスク(Cask)。これは樽のこと。シングルカスクとは、たったひつの樽のこと。ひとりの男を紹介しよう。仲沢一郎氏。サントリー山崎蒸溜所のブレンダーだ。彼の担当は山崎や白州のシングルカスクシリーズ。ウイスキーファンの中でもマニアの領域に入るものだが、非常に人気が高い。
夏の暑い日、私はシングルカスクシリーズの製品化の候補となる原酒のサンプリングをする仲沢氏に付き合ったのだが、いろいろな場面で驚きの連続だった。
通常ブレンダー室でテイスティンググラスを手にして原酒を官能している姿とは、あまりにもかけ離れている。シングルカスクを選び抜く仕事は意外にも過酷なもので、かなりの重労働なのだ。青いジャンプスーツを着ておこなうのだが、その背中は汗がたっぷりと染み込んで、まったくもって男の世界だった。(次頁へつづく)