霧が発生しやすい自然の関門、三川合流地点
ピンクに染めあがった春暁の三川合流地点やや上流。宇治川と木津川を隔てる背割り堤の桜並木の美しい景色。
2023年、山崎蒸溜所100周年、白州蒸溜所50周年であることをすでに伝えた。白州蒸溜所は1973年2月に開設され、仕込、蒸溜がはじまっている(竣工式は5月24日)。当時としては標高700メートルという立地の蒸溜所は世界的にも稀であり、またここまで広大な深い森に包まれた森林公園蒸溜所への注目は極めて高いものがあった。
春、早朝の白州蒸溜所。下部の深い森に蒸溜所はある
さて、山崎蒸溜所100周年シリーズの3回目。
山崎は歌に詠まれた地である。前回記事『山崎蒸溜所100周年2/桜の魂はウイスキーに宿る』において、『伊勢物語』に登場する山崎に触れた。
その『伊勢物語』に詠まれた歌に憧憬があった鎌倉時代の後鳥羽上皇(1180-1239)は山崎の水無瀬川のほとりに離宮をつくり、たびたび訪れている。
歌人を引き連れて歌を詠んでもいる。
“見渡せば山もと霞む水無瀬川 夕べは秋と何思いけむ”
これは“水郷春望”と題した歌で、上皇が藤原定家らに編纂させた『新古今和歌集』に登場している(『山崎蒸溜所90周年(4)/百人一首と山崎』に詳細)。
万葉の時代、山崎周辺は水生野(みなせの)と呼ばれ、水清く、桜、山吹、菊の花が香り、蛍が舞い、鹿が鳴く山紫水明の里として知られていた。やがて転訛して水無瀬(みなせ)となるのだが、後鳥羽上皇が“水郷春望”と題した歌の霞んだ様子はいまも変わらない。
山崎は三つの川が合流する地点にある。まず北側に丹波地方から発している桂川。南側には伊賀地方に発し、南山城地方を縦断する木津川。そして真ん中に琵琶湖から流れる宇治川が流れる。
桂川と木津川が北と南から宇治川を挟むように接近して山崎の地で合流し、近畿地方屈指の大河、淀川となる。そして流れは大阪湾へと向かう。
しかも京都盆地と大阪平野が接する関門ともいえる地点で合流する。標高270メートルほどの低山丘陵の天王山と、淀川を挟んで対岸の標高143メートルの男山との距離はわずか1キロメートルあまり。自然の関門である。
山崎の竹林
この狭い関門に三川が集まる特異な地形のために霧が発生しやすいとされている。おそらく後鳥羽上皇が離宮で雅な時間を過ごした時代と変わらない湿潤な風土は、麗しい香味のモルトウイスキーの貯蔵熟成に最適の環境といえる。ウイスキー原種の樽貯蔵は乾燥を絶対に避けなければならない。
山崎蒸溜所は天王山に抱かれている。周辺は竹林が広がり、柔らかなミストに包まれていく様子がよくみられる。たしかに“山もと霞む”のである。またそれは春だけではないが、春の桜の季節の霞みがかった様子はとても美しく魅了される。(撮影・川田雅宏/『山崎蒸溜所100周年4/名水が生むモルトウイスキー』はこちら)
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