桜は歌に詠まれ、ウイスキーに映しとられる
椎尾神社の鳥居と桜
まだ、春は名のみ、である。東京では梅の開花のニュースさえ流れていない。それでも桜の話をしたい。わたしはウイスキーをバラの花にたとえて語ることがある。このサイトでは、かなり前のことになるが2005年に『セクシーに愉しむバラの花束』というウイスキーの記事を掲載している。他では山崎のシングルモルトを赤いバラに、ウイスキーを香りの花束にたとえたりもしてきた。
しかしながら、山崎蒸溜所のある地は、桜なのだ。前回記事『山崎蒸溜所100周年1/貴人たちへの分け前』において、『伊勢物語』第八十二段渚の院のなかで在原業平が詠んだとされる歌を紹介した。
椎尾神社の夜桜
この歌は『古今集和歌集』にも収録されているが、渚の院はこんな内容だ。
惟喬(これたか)親王は山崎の水無瀬にあった宮に毎年桜の咲く頃にお見えになっており、右馬頭(うまのかみ/在原業平)はいつもお供をした。その日は鷹狩りに出たのだが親王は乗り気ではなく、渚の院で酒を飲んで和歌をつくる時間を楽しんだ。渚の院は山崎から淀川を少し下った、現在の大阪府枚方市渚元町にあった。その渚の院で業平が詠んだのがその歌である。
そして酒を飲んで時間が過ぎ、なんとか水無瀬の宮に戻って、また夜更けまで酒を飲み、歌をつくるという話である(『山崎蒸溜所90周年(2)/伊勢物語と山崎』参照)。
山崎の地は桜の名所であったことを伝えている。『伊勢物語』は900年代に書かれたものとされるが、業平が生きた時代は800年代である。そして惟喬親王や業平たちの桜への想いは枯れることなくいまも受け継がれている。
サントリーローヤル
それは1960年に発売された「サントリーウイスキーローヤル」。信治郎が「ローヤル」の香味開発においてイメージしたのは山崎蒸溜所の奥に鎮座する椎尾神社の鳥居にかかる桜、その花弁が風に舞う姿だった。
80歳を超えた信治郎に貯蔵庫で原酒のサンプルを集め、吟味し、ブレンドを繰り返す体力はすでになかった。父の遺作になるのでは、との思いを胸に敬三は心血を注ぐ。息子は父が頷くまで何度もブレンドしつづける。こうして誕生したのが「ローヤル」である。ボトルのガラス笠コルク栓は椎尾神社の鳥居をモチーフにしたものだ(『父の日ウイスキー/息子に託すブレンダー魂』記事に詳細)。
響BLOSSOM HARMONY2021
これは山崎、白州の多彩なモルト原酒に、知多蒸溜所のグレーンをブレンドしたものである。とくにグレーンウイスキーに大きな香味特性がある。ホワイトオーク樽で10年超熟成させたグレーンウイスキーを数年にわたり桜樽(桜樹の材でつくられた樽)で後熟したものである(『響BLOSSOM HARMONY 2021味わい』記事に詳細)。
山崎がからめば、桜に通じる。日本のウイスキーらしさが漂う。1000年以上ものときを重ねても、山崎には桜がよく似合う。まさに悠久。(椎尾神社撮影・川田雅宏/『山崎蒸溜所100周年3/湿潤で美しい水郷地帯』はこちら)
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