時はさかのぼり聖徳太子の時代である。大陸との交渉が盛んになった日本に仏教が伝来したのは歴史の教科書に書いてあるとおりであるが、日本人の食生活に関してもこの時代に重要な出来事がおこった。それは、殺生を戒律として禁じている仏教の影響を受け、天皇の詔として「ウマ、ウシ、イヌ、サル、ニワトリ」の肉を食べることが禁じられたのである。有名なところで言えば天武天皇による天武4年(676年)の詔で、その後、元正、聖武、考謙、恒武、崇徳、後鳥羽とこの肉食禁止の勅命は繰り返されることとなる。また、時に肉食の禁止は幕府による「生類憐みの令」などとして発せられたこともあり、結局日本人は明治を迎えるまでのおよそ1200年間のあいだ表向きは肉食をしない食生活をしていたのである。また、明治の文明開化を受けても、肉食をしたのは一部の都市生活者や軍人などで、日本全体としては相変わらず米を中心とした一汁一菜の肉抜きの食生活をしていたことが知られている(詳しくは「食卓を変えた肉食:宮崎昭:日本経済評論社」などを参考にされたい)。

そして、重要なことは、その1000年以上の年月を肉を主要食糧として食べずに過ごしてきた日本人の身体は遺伝的に肉の消化よりも、穀物の消化を得意とする体になっているという点である。このことについては遺伝の専門家に言わせると、元々熱帯起源のヒトの食性はゴリラやチンパンジーに似た植物性であり、北に移住して食用植物が十分に手に入らなくなった人類の一部が高緯度でも入手可能な肉を消化する遺伝的な能力を手に入れた、つまり「日本人が肉の消化が苦手なのではなくて、肉の消化が得意な北方の民の方が遺伝的な変異を起こしている」とお叱り受けるかもしれないが、とにもかくにも現段階では、戦後数十年しか肉の大量消費の洗礼を受けていない日本人にとって、肉の過食は身体的ストレスの一因となりえる要素を多く含んでいるのである。

戦後、肉の消費量の増加に比例するかのごとく、大腸ガンや、心臓病、肥満などの生活習慣病が増加していることについて、肉の過食がその原因の一つであるとも言われている。

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