スモーキーフレーバーはウイスキーの原点

採掘されたピート

採掘されたピート

ウイスキー、とくにモルトウイスキーの香りや味わいの特長のひとつにスモーキー(smoky/煙っぽい)、ピーティー(peaty/ピート様)という表現がある。日本語に当てはめるならば燻香(くんこう)、いぶしたような感覚のことである。これはモルトウイスキーの原料、大麦麦芽を乾燥させる際にピート(peat/泥炭、草炭)を焚いて、大麦の発芽を止めることに起因している。
この製法でつくられる麦芽をピーテッド麦芽と呼ぶ。かつてはすべてがピーテッド麦芽を原料とした。しかしながら近年はあまりスモーキー、ピーティーさを強く感じさせない、あるいはピートを使用しないノンピーテッド麦芽を原料としたモルトウイスキーが主流となってきている。
前回記事『スモーキーモルトを楽しもう/スモーキー4の世界』において、「ラフロイグ」「ボウモア」「アードモア」「カネマラ」を紹介した。このシングルモルトウイスキー4ブランドはそんな時代の流れの中で伝統的な香味世界を守りつづけている。まさにウイスキーづくりの原点であるピーテッド麦芽由来のスモーキーさで魅了する。
では、スモーキーな香味の由来となるピートとはいったいどんなものなのか、少し詳しく説明してみよう。

ピートとは植物が炭化したもの

キルン(麦芽乾燥塔)

キルン(麦芽乾燥塔)

2006年12月に発行されたイギリスの専門誌“The Institute of Brewing & Distilling”(VOL.112,NO.4)にピートに関する研究論文が掲載されている。スコッチ業界が資金を出し合い設立・運営している研究所、スコッチウイスキー・リサーチ・インスティチュートとヘリオット−ワット大学の共同研究によるものだ。
論文タイトルは“Differentiation of Peats Used in the Preparation of Malt for Scotch Whisky Production Using Fourier Transform Infrared Spectroscopy”と長い。直訳すると『フーリエ変換赤外分光法を用いたスコッチウイスキー製造のためのモルト製造に使用するピートの識別』ってことになるだろうか。内容は化学的、植物学的専門用語が多く、わたし程度の英語力では難解過ぎる。
ただし、この論文の序文で、下記のようにピートを的確に定義している。
“苔をはじめとする蘚苔類(せんたいるい)や草、灌木、樹木が部分的に分解されることにより、浸水された状態で形成される淡褐色から黒色の有機堆積物である”(序文訳)

これは直訳であるが、わかりやすく説明すると、スコットランドのハイランドやアイルランドには大きな樹木や豊かな森林が少なく、決して肥沃な大地とはいえない。その代表的な景観に荒涼としたピート湿原がある。
痩せた土地に冷たい風雨に見舞われる土地柄。こうした湿潤さの中で生育するのはコケ類、ワタスゲ、葦(あし)、そしてヘザー(ヒース)など。その他の樹木も含めて、これらの植物が長い年月をかけて堆積して、空気が触れない条件下でゆっくりと分解、炭化したものがピートであり、植物の遺骸土、つまり腐植土である。
ピート層の厚さは場所によって異なるが数十cmから数m。生成速度は100年で数cm程度、1000年で15cmほどの堆積ともいわれる。イエス誕生から今年の2016年目で30cmと少し、といった程度。途方もない時の積み重ねを要しているのだ。
ピートはかつて家庭燃料として、そしてウイスキーづくりの燃料として利用されていた。主に初夏、地中のピートを切り出す(掘る)。特製の鍬(くわ)で切り出された長さ1mほどの角柱型のピートのほとんどは黒褐色で、80%以上が水分。これを地表で数カ月乾燥させ、水分量が半減すれば燃料として使用できる。
現在ではこれを主熱源に使うことはほとんどない。ピートを燃やす伝統はモルトウイスキーづくりの製麦時のひとつの方法として、象徴的なものとなった。
次ページではフロアモルティングやピートとテロワールについて説明する。