手作業の稀少なフロアモルティング

フロアモルティング

フロアモルティング

アイルランドでは19世紀初頭にはピーテッド麦芽を使用しなくなった。ウイスキー産業が巨大化したため、ピートを燃料として小規模に生産する状況ではなくなったためである。燃料は石炭や木材に変わっていった。
一方のスコットランドでは1950年代まではすべての蒸溜所に製麦施設があった。その後、スコッチの世界的人気により約20年間つづいた蒸溜所の拡大、増産体制強化にともない、専門の麦芽製造会社(製麦会社/モルトスター)に委託するシステムが確立する。そのため、現在では自前でフロアモルティング(床に大麦を広げて発芽を促す)をおこなう蒸溜所はラフロイグやボウモアなど6蒸溜所程度しかない。
モルトウイスキーづくりはまず、大麦を発芽させる製麦と呼ばれる麦芽製造からはじまる。
製麦は工程順に浸麦、発芽、乾燥とつづく。浸麦は水を張ったタンクに大麦を入れて水分を吸収させ、次に水を抜いて酸素を与え、再度水を加えて適度な水分量にする。
その大麦を床(コンクリート)に広げて発芽させるフロアモルティングは、温度調節と広げた麦層を返して新鮮な空気を与えるという手作りの根気のいる作業である。発芽によってデンプンやタンパク質を分解して糖分に変えるための糖化の役目を担う十分な酵素を生成させたところで、発芽を止める麦芽乾燥へと移る。
発芽した大麦はキルン(乾燥炉)の中の金網の上に広げられて乾燥へと向かう。ピーテッドモルトをつくる場合は最初の数十時間、熱源としてピートを焚く(後は熱風を送り込む)。このピーティング時にピートの燻香が麦芽に付着することで、スモーキー、ピーティーと表現される香味が導かれる。糖化、発酵、蒸溜という工程を経てもその香味特性が消え去ることはない。

ピートとテロワール

ピート燃焼

ピート燃焼

スモーキー、ピーティーといったピート香の強さはさまざまな要因によるもので、スモーキーモルトウイスキーの香味特性は一様ではない。前ページで紹介した研究論文でも明確な答えは出ていない。
蒸溜所が目指す香味が異なるために、ピーティング時に焚くピートの量、使うピートの水分量、燃焼の仕方、麦芽の水分量、燻煙時間などが異なるからだ。
ただし、地域性が明快に表れるものもある。アイラモルトの「ラフロイグ」「ボウモア」はアイラ島という特異な立地のピートを使用するために、ワインのテロワール的な感覚を強く物語る。
両蒸溜所とも海に面しており、潮風の影響を受ける。そしてスコットランド本土やアイルランドと大きく異なる点は、ピートに海藻類や貝殻など、強い海風が運んできた海産物がたくさん含まれていることだ。両蒸溜所とも独自のピートボグ(採掘場)を持つが、強風の日には海岸に打ち上げられた海藻が内陸まで飛来してくる様子が見られる。
こうした環境からスモーキーさの中に潮の香、薬品的なヨード様といったアイラモルト独特の個性が生まれていく。
麦芽乾燥時のピートの煙

麦芽乾燥時のピートの煙

しかしながらアイラ島のピートも一様ではない。アイラにはポートエレンという麦芽製造会社があるが、ラフロイグのピートボグよりも内陸に位置し、盆地型の地形の場所である。ラフロイグのボグが海水の飛沫の影響が見られるのに対し、ポートエレンのボグではその影響が見られない。同じ島でもちょっと場所が異なれば、ピートの成分も多少異なるようである。
前回記事で紹介したスモーキー4のひとつを生む、ハイランドのアードモア蒸溜所はセントファーガスのピートを使用した麦芽であるが、セントファーガスは苔類の成分がほとんどないことがわかっている。またオークニー諸島のピートはヘザーの影響がかなり強い。
では、前回記事『スモーキーモルトを楽しもう/スモーキー4の世界』や下記の関連記事をもう一度お読みいただき、麦芽のフェノール値なども参考にしながらスモーキーモルトをじっくりと堪能してみてはいかがだろう。
ピート採掘地の植生環境の違い、発酵や蒸溜の細かな違い、熟成樽種の違いなどでそれぞれのブランドの香味特性は大きく異なる。スモーキーさを抱きながらも甘美さやスパイシーさなど、複雑で重層的な、豊かなフレーバーを感じ取っていただきたい。

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