中年期の男性が、思わぬ恋愛感情に溺れやすいのはなぜ?
真面目で冷静だった男性が、急に「道ならぬ恋」のとりこになってしまう……。その現象は深層心理学的にどのような意味を持つのでしょうか
深層心理学の大家、C.G.ユングは40歳を「人生の正午」と呼びました。40代頃から、人は若いころに設定した人生目標からのシフトチェンジを迫られ、後半生の生き方を模索するようになるのです。この中年期に、多くの人は「中年の危機」を体験し、激しい感情の波に振り回されます。
中年の危機にはさまざまな現象が起こります。なかには、それまで仕事一徹で突き進んできた男性が、ある魅力的な女性に訳もなく惹かれて、仕事のことを放りだして相手のことばかり考えて危険な恋愛感情の沼に溺れしまうという例があります。この激しい恋愛感情はどこから来るのでしょう? C.G.ユングの深層心理学理論の中に「アニマ」という概念があり、この概念が中年男性の恋愛感情を理解する一つのヒントになるかもしれません。
<目次>
ユングの提唱する「アニマ」とは……男性の中に潜む女性らしさ
深層心理学者のC.G.ユングは、人間の潜在意識には、自覚する性別と真逆の性別、つまり、男性の中にある女性性、女性の中にある男性性が潜んでいると説きました。この男性の中に潜む女性性を「アニマ」と呼び、女性の中に潜む男性性を「アニムス」と呼びます。ここでは、男性の中の「アニマ」についてお話しします。多くの男性は普段、自分の中のアニマの存在を意識せずに生活していますが、実はそうした中でも、時折、特に心が弱ったときには、心の中の女性性であるアニマ的な側面が表出されそうになる瞬間があるのです。そんなとき、男性はたいてい「弱気になってはいけない」と気を取り直してアニマの表出を制止し、雄々しさを忘れずにあらねばと意識するものです。
ところが、人生の転換期である中年期には心が揺れ動きやすくなるため、潜在意識下にあるアニマ的な側面が湧出しやすくなります。そのため、それまで「男らしさ」にこだわってきた人ほど、潜在意識に潜むアニマが急に湧き出し、いっとき女性性のとりこになりやすくなることがあるといわれています。
その結果として引き起こされる現象の一つに、「中年期の恋」があります。つまり、自分の心に潜むアニマのイメージに符合する女性にめぐり合うと、無性にその女性に惹きつけられ、統合したくなってしまうのです。
段階によって異なる「アニマ」のステージ
男性の心の中に潜む女性性「アニマ」のイメージに符合した女性に出会うと、たまらなくひきつけられてしまいます
では、アニマとは具体的にどのようなものなのでしょう? たとえば、甘やかさや優美さ、神秘性や感情の豊かさ、繊細さ、包み込むような優しさ……こうした女性的なイメージが「アニマ」です。これらは、力強く、論理的で厳格な男らしさとは、対極にあるものといえます。こうしたアニマにはいくつかのステージがあり、その人の精神性のステージによって、アニマのイメージが異なると言われています。
第1ステージは「生物学的なアニマ」。性欲を満たしてくれそうな肉感的な女性に惹かれます。女性の精神性には関心がなく、若さや体形、セクシーさに惹かれます。たとえば、グラマーなモデルやグラビアアイドルは、この層のアニマのイメージに近いものと思います。
第2ステージは「ロマンティックなアニマ」。女性の人格に着目し始め、女性の清らかさや優雅さに憧れを抱きます。アニメやSF映画のヒロインに憧れる感情、といえば分かりやすいでしょうか。たとえば、映画『ルパン三世 カリオストロの城』のヒロインであるクラリスや、『スター・ウォーズ』のレイア姫は、この層のアニマのイメージに近いものと思います。
第3ステージは「霊的なアニマ」。聖母マリアのように純粋で清らか、同時に母性的な強さや包容力も持ちあわせた深みのある女性性にたまらなく感動します。たとえば、年齢を重ねることで魅力を増す女優、吉永小百合やオードリー・ヘプバーンのように、清廉で清らかな女性のイメージと母性的で包容力を兼ね備えた女性像は、霊的なアニマのイメージに近いものと思います。
第4ステージは「叡知のアニマ」。この段階まで来ると、人間のレベルを超えた神々しい女性性への崇拝になります。モナリザや観音菩薩、弥勒菩薩といった、現実の女性を超越した気高さ、穏やかな中にある力強さ、女性的な神仏に象徴されるイメージに静かに心打たれる心境です。
中年期の恋愛の注意点……恋に溺れるか、統合された自分になるか
多くの男性は若い頃には、自分自身の男性性を実現することで自信を得ていこうとするものです。ところが後半生に入ると、それだけでは自分の人生を満たすことができないことを、心の深い部分で感じるようになります。こうした中、「アニマ」つまり自分の中にある女性性をも満たしていくことに気持ちが向かい、自分自身の男性性と女性性を統合させ、心の全体性の完成を目指す――。これが中年期に行う人生課題の一つなのだと、C.G.ユングは説いています。
しかし、アニマのイメージに符合する現実の女性に惹かれすぎて、その人との恋におぼれ、それまで築いてきた自分の人生を破棄してしまったら、精神の成長という人生課題に向き合うどころか、破滅と後悔の道に進んでしまうかしれません。また、アニマのイメージばかりのとりこになって付き合い始めると、結局はその女性のリアリティに幻滅し、かといって家庭を顧みずに恋愛に走ってしまった自分にはもう戻る家庭もない、という最悪の事態にもなりかねません。
大切なのは「中年のこの時期に、なぜこの女性に無性に惹かれるのか」、そうした自分の感情の意味と向き合い、深く考察すること。すると、これまでの自分に足りないものに気づき、中年期の今だからこそ取り入れるべき要素を目の前に現れた「アニマ」の象徴から、自分の人生に大切なことを学ぼうとしているのかもしれない、こうした重要なことに気づくかもしれません。
こうして深く自分の気持ちと向き合えば、目の前に現れた素敵な女性と肉体的に統合して人生のリスクを背負うより、アニマの象徴となる女性の思考や生き方を通して、後半生の自分に必要なことを洞察していくことの方が、破綻なく充実した人生を生きていくことができることがわかるようになると思います。
つまり、アニマの存在に振り回されるのではなく、むしろアニマと向き合うことによって生じる感情を通じて洞察を深めることによって、初めて男性は人間としての「心の全体性」の実現に向かっていくことができるのです。
女性の「アニムス」に関しては「力と知性に目覚めた女性が「いばらの道」を歩むわけ」をご覧ください。
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