ビート小説界の寵児「ジャック・ケルアック」の「地下街の人びと」


地下街の人びと

地下街の人びと

この小説は、「路上(オン・ザ・ロード)」で有名なビート作家「ジャック・ケルアック」が書いた、三作目の長編です。話は1948年、ケルアック自身がモデルと思われる駆け出しの作家の「ぼく」が、サンフランシスコのある夜に知り合った黒人の「マードゥ」と恋に落ち、二か月間で終焉を迎える刹那的な恋の物語です。

二人は、あまり運命的とは言えない状況で何となく知り合い、何となく付き合い始めます。丁度そのタイミングで、バードことチャーリー・パーカーが、二人のいるシスコに演奏に来ています。

二人してビールでしこたま酔いながら、バード(チャーリー・パーカー)のステージを見に行くくだりがあります。ステージからマードゥと「ぼく」を見るバードのその目は、「バップ世代の創始者であり、王者の目だった」と書かれています。この文章からも、ケルアックのバードへのリスペクトとバップに対する並々ならぬ愛情が伺い知れます。

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チャーリー・パーカー「バード・コンプリート・チャーリー・パーカー・オン・ヴァーヴ」より「ザ・バード」


Bird: Complete Charlie Parker on Verve

      Bird: Complete Charlie Parker on Verve

このパーカーのあだ名がそのままついた演奏「ザ・バード」は、物語の「ぼく」が恋人と一緒にバードの演奏に接する少し前の、1947年12月の録音です。

この時期は、丁度この12月から翌年の1948年にかけて、メジャーレーベル(レコード会社)の録音ストライキが約1年続いた時期にあたります。当然チャーリー・パーカーの録音自体も少なく(一部のマイナーレーベルに録音はされている)、貴重とも言える演奏です。

しかも録音されたのは、ニューヨークの音楽の殿堂「カーネギー・ホール」の、深夜12時を回ってから。メンバーは、当時としても珍しい顔合わせで、ピアノがハンク・ジョーンズ、ベースはレイ・ブラウン、そしてドラムが白人のシェリー・マン。

特にシェリー・マンは、プロデューサーのノーマン・グランツが他のホールのセッションのために招集したのを、そのままバードのセッションにも起用したものです。

そのため、カーネギーホールの上の階のリハーサルホールに、チャーリー・パーカー・カルテット。下の大きなホールに、アレンジャーのニール・ヘフティのためのビッグバンドと、ドラマーのシェリー・マンは両方を行ったり来たりの大忙し。

たびたびのドラマー不在に、業を煮やしたバードは、最初にドラムレストリオで、この「ザ・バード」を吹きこもうとしたようです。結局、本番にはシェリー・マンが無事座り、カルテットでの演奏になりましたが、もしドラムレスで録音されたのならば、それはそれで世紀の録音となったのでは? と、想像するだけで楽しい演奏でもあります。

さて「地下街の人びと」の物語はあっという間に進み、ぼくとマードゥの二ヶ月の恋は、やってきたのと同じくらい唐突に終わりを告げる事になります。

全てを壊したいのは男で、実際壊すのは女。そして男はその時になって、失ったものの大きさに慄く。いつの時代でも繰り返されるありきたりな恋物語が、ありきたりではない日常の中で普遍の輝きを見せます。

この本には、チャーリー・パーカーの他にも、バリトン奏者のジェリー・マリガンや、女性ボーカルのジェリ・サザンなどが、「ヒップ」(最先端でカッコイイこと)の代表の様に出てきます。その他にも、スタン・ケントン楽団にいた頃の、テナーサックス奏者「リッチー・カミューカ」(訳文ではリッチ・コムッカとなっています)の話がでてきます。

作中のビートニクの人物に、「これが、これからのジャズなのか?」と言わしめる演奏だとありますが、これは少し年代が違っています。

リッチー・カミューカは、確かに駆け出しの頃、スタン・ケントン楽団に入って注目されますが、それは1951年になってからのお話。この1948年当時は、まだ18歳にならんとする頃で、まだまだ芽が出たばかりで、ジャズメンとしての芳香を漂わせる前の時期にあたります。

とは言えあくまでもフィクションである事を考えると、細かい事は言わずに実際のリッチー・カミューカのジャズを聴いてみましょう。

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テナーサックス奏者リッチー・カミューカ「リッチー・カミューカ・カルテット」より「ネヴァーザレス」


リッチー・カミューカ・カルテット

リッチー・カミューカ・カルテット

この曲は、1931年のビング・クロスビーによりヒットした、古いスタンダード曲です。時代色のある泰然としたテーマを、悠々とリッチーは、大人の貫録で歌い上げます。録音は1957年。当時リッチーは、まだ27歳です。まだまだ若者と言った年齢ですが、ここでは老成した趣さえ感じられます。

ジャケットのイラスト通り、苦み走った大人の風情を感じさせる吹奏ぶりは、もしかしたら時代の先端だったリッチーが早くも円熟を迎えた、と言う事かもしれません。ここにはケルアックが、作中人物に語らせた先進性は感じられません。むしろ威風堂々とズート・シムズに通じるモダン・スウィングの王道を行く姿を見せています。

この57年になって、ようやくケルアックの代表作「路上」が発表され、ケルアックはそこから一気に時代の寵児となって行くわけです。

この「リッチー・カミューカ・カルテット」とケルアックの「路上」は、彼らビートニクがそれぞれに華を咲かせ、洋洋とした未来にこぎ出した記念すべき作品、と言っても良いのかもしれません。

次のページでは、この男よりジャズは始まったとされる伝説の男に迫ります。

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