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女性ジャズヴォーカル年代順おすすめ7選……名曲とともにご紹介

ジャズ(JAZZ)においてもヴォーカルは特別な存在です。特に、女性ヴォーカルによる歌は、癒しやトキメキを多く与えてくれます。今回は、おすすめの名曲とともに、現代に活躍する女性ジャズヴォ―カルから時代を遡ってご紹介したします。

大須賀 進

執筆者:大須賀 進

ジャズガイド

ジャズの名ヴォーカル女性7人を年代順にご紹介

ジャズヴォーカルの女性7人をご紹介

ジャズヴォーカルの女性7人をご紹介


ジャズ(JAZZ)ヴォーカルは、リスナーが一番ストレートに感情移入できる演奏と言えます。メロディに加えて、歌詞から伝わる内容や感情が聴く者の心をつかんで離さないからです。

特にスタンダードやトーチソングなど恋の歌が多いジャズにおいては、やはり女性ヴォーカルが重要な存在と言えます。今回は、おすすめの女性ジャズヴォーカルを名曲とともにご紹介いたします。

■Index
  1. 2007年 マルガリータ・ベンクトソン
  2. 2002年 ノラ・ジョーンズ
  3. 1996年 道子(鈴木道子)
  4. 1991年 アビー・リンカーン
  5. 1979年 ランディ・クロフォード
  6. 1958年 ビリー・ホリデイ
  7. 1957年 エラ・フィッツジェラルド

>>「男性ジャズボーカル年代順おすすめ7選」はこちらから!

 

女性ジャズヴォーカル1:マルガリータ・ベンクトソン

アイム・オールド・ファッションド

アイム・オールド・ファッションド


マルガリータ・ベンクトソンはスウェーデンのベテランと言って良い女性ヴォーカルです。名前のマルガリータは、真珠と言う言葉から派生したと言われるヨーロッパでは一般的な名前です。そしてお洒落な大人の方は、スノースタイルと言われる塩をショートグラスの縁にまぶした、強いテキーラベースのカクテルを思い浮かべるでしょう。

ジャケット写真を見ると、一見雪のように冷たい北欧美人という印象。でも、CDを聴けば、その名と同じカクテルのようにほのかな甘さと辛さが入り混じった、大人の深みのある女性シンガーだと言う事が分かります。

そのマルガリータにとって遅すぎたとも言えるソロアルバムがこのアルバムです。表題曲の「アイム・オールド・ファッションド」は、1942年の古い映画フレッド・アステア主演「晴れて今宵は」のためにジェローム・カーンが作ったものです。

映画では、リタ・ヘイワースという美人女優が演じる、四人姉妹の次女が、歌っています。四人姉妹の長女は結婚しており、三女と四女には恋人がいる。一番美人なのに、次女にはいい人がいないという設定です。

その次女が、いい人がいない理由を「私は、昔堅気だから、そんなに簡単にはいかないのよ」と歌う歌詞が印象的でした。

このCDでのマルガリータの声は澄みわたり、特に高音の美しさには、聴く者の背中をぞくぞくさせる程です。透き通った清涼感と、そして大人の女性が持つ色香があります。(特に男性ならばそう感じるのでは…)

この曲の聴きどころは1:37の部分。「That's how I want to be」(私は古風でありたいの)と歌われる歌詞の部分です。まるで目の前にマルガリータがはにかみながら歌ってくれているかのようです。

他にもこのCDには聴きどころが多く、マルガリータの20年を超えるキャリアで培われたテクニックの冴えは、5曲目「トゥイステッド」で味わえます。

この「トゥイステッド」は、ビ・バップ期の最高のテナー奏者の一人と言われるウォーデル・グレイのアドリブとテーマ部分に歌詞をつけて歌われる難しい曲です。

このアドリブに歌詞をつけて歌う方法は「ヴォーカリーズ」という手法です。スキャット(ドゥビドゥビーという歌詞のないアドリブ)との違いは、楽器のソロの音階をなぞると言う点です。さらに難易度が高いものと言えます。

それをさらりと聴かせてくれるマルガリータには、驚かされます。彼女の歌への感覚の良さに加え、そこまでに至った並々ならぬ精進を感じます。「アイム・オールド・ファッションド」での昔堅気の気質というの歌詞が、本当に彼女にピッタリのものだと言う事がわかります。

マルガリータ・ベンクトソンは、私も含めた特に男性が夢を見れる声と歌唱力を持っている、今後ますますの活躍が期待出来るヴォーカルと言えます。
 

 

女性ジャズヴォーカル2:ノラ・ジョーンズ

Come Away With Me

Come Away With Me


ノラ・ジョーンズは、いわゆるジャズヴォーカルかと言うと、確かに少し違います。でもノラは大学でジャズピアノを専攻していた事もあり、素養のなかにはまぎれもないジャズが根付いています。

この「カム・アウェイ・ウィズ・ミー」はそのノラのデビュー作にして、グラミー賞の8部門を独占したビッグヒット作。ニュー・ジャズの可能性として、近年これほど華々しくシーンに登場した人も稀です。

ノラの持ち味は、何と言っても彼女の心のままを感じさせるストレートな歌唱。ノラ自身による絶妙なピアノの合いの手、そして、デビュー当時から苦楽を共にしたバンドの力です。

この曲「ドント・ノウ・ホワイ」も、バンドのギタリストでありシンガーソングライターのジェシー・ハリスという気心の知れた仲間によって作られたもの。ジェシーもこの曲によってグラミー賞を受賞しました。

この彗星のように現れた、ノラ・ジョーンズのバンドをスカウトしたのが、ジャズの名門ブルーノートです。そのもっともジャズを感じさせるレーベルから、ノラ達バンドがデビューできたのも、ブルーノートの懐の広さを感じさせるエピソードです。そして、それだけノラの歌が、ジャンルを超え人の心を動かす証拠でもあります。

癒しの作用があるとも称されるノラの歌やバンドの飾らない素朴さは、確かに、現代に生きる私たちの琴線に触れ、聴くほどに心に響きます。毎回新鮮な驚きと、そして喜びを与えてくれるストレートさがあります。

この他にも、表題曲「カム・アウェイ・ウィズ・ミー」は、ノラのオリジナル。このCDで、もっともジャズっぽい曲です。ノラの表現の広さを感じさせるムード溢れる小曲です。

そしてCDの最後にひっそりと置かれた、ノラのピアノでの弾き語り「ザ・ニアネス・オブ・ユー」。「スターダスト」で有名なホーギー・カーマイケルの有名なスタンダードを、さりげなくノラ流に仕立て上げています。ノラのジャズの原点とも言える演奏です。

確かにノラは、生粋のジャズとは言えないかもしれません。でも近年のジャズが少しずつ失ってしまったかに思えるアコースティックな原点に立ち返ったこのデビューCD。これからのジャズボーカルの可能性の一ページを鮮やかに映し出した名唱である事は間違いがありません。
 

 

次からは、いよいよおすすめの日本人女性ヴォーカルの登場です!
 

女性ジャズヴォーカル3:道子(鈴木道子)

私が、サックスの修行を重ねていた二十代の前半に、お世話になった恵比寿にあったジャズライブハウス「ピガ・ピガ」。そこでは、毎晩女性ヴォーカルが日替わりで出演をしていました。その何人もの女性ヴォーカルの中でも、一際存在感を発していたのが今回ご紹介する道子(鈴木道子)です。

鈴木道子は、日本人離れした、歌唱力と雰囲気を持つヴォーカルで、ジャズはもちろん、ソウルやブラック系の歌も得意でした。ピガ・ピガに出演していた当時は、ジャズではビリー・ホリデイの当たり曲「ホワット・ア・リトル・ムーンライト・キャン・ドゥ」、ソウルではアル・グリーンの「レッツ・ステイ・トゥギャザー」など、バラエティー豊かに、楽しませてくれました。

その鈴木道子がある日、スキンヘッドになって登場したのには周りのみんなの誰もが呆気にとられたものです。それまでの綺麗にウェーブのかかった長い黒髪が全く無くなり、頭にはターバンの様なものが巻かれていました。

皆が声を失い、だんまりを決め込む中で、仲の良かった厨房のチーフが真っ先に声をかけました。

「道子さん、それ、スキンヘッド?」
「そうよ、見ればわかるでしょ」
「なんで、そんな思いきっちゃたの?」
「いいじゃないのそんなこと」
「道子さん、頭見せてよ」
「やだよ、Mさん、なんで頭のことばっかり言うのよ」
「だって、フツー気になるでしょ」
「そりゃそうか」

チーフとの漫才のようなやり取りは、気取らない彼女の性格そのままと言ったところでした。

「道子さん、周りの人はそれ見て何て言った?」
「親は、なんでそこまでしなければいけないのか…なーんてなってたよ、ハハハ」

女性が髪を切る場合は、男性にはわからない一大決心がいるものでしょう。ましてや彼女の場合はスキンヘッドです。これはもう、彼女が信奉するブラックミュージックの歌い手に少しでも迫ろうと言う思いからとしか思えません。

そこまで、歌の事を考えられる鈴木道子にこの時は驚き、なかば呆れるとともにリスペクトする気持ちが強まりました。

鈴木道子には、もう一つ思い出があります。当時のピガ・ピガでは、営業が終わってから新人やヴォーカルの卵のために、レッスンが行われていました。レギュラーバンドに代わって、その時ばかりは私がサックスを務めていました。

そんなある日、彼女がふらりと現れ、リハーサルを兼ねて何曲か練習した事がありました。さあ、困ったのは、見習いサックスの私です。緊張のあまり、口の中は乾いてざらざらするほどでした。

鈴木道子はいつものソウルフルな声で快調に飛ばして行きます。いよいよサックスソロになって私は、ミスをしないようにとばかり考え、おそるおそる吹きだしました。周りの音など聴こえず、ただ自分の世界で吹いていると、隣の鈴木道子が何か言っているのに気付きました。

「ブロウ、ブロウ」

えっと思いながら彼女の方を見ると、

「ブロウ、ブロウ、サックスはもっとブロウしなよ、心からさ、ブロー、ブロー」(ブロウとは思いきって大きな音で吹きまくる事です)
と手でおいでおいでをしながら言ってくれていました。

この時のつたない私のサックスが、彼女の思った様なブロウができたのかは分かりませんが、いつもならば8小節16小節のソロパートが、彼女の「ブロウ、ブロウ」の温かい掛け声とともに、何コーラスかに渡って吹き続ける事が出来たのでした。

それから、10年程過ぎ、ある日何気なくテレビを見ていて驚きました。有名メーカーの黒ビールのCMから流れてきたのは、まぎれもないあの懐かしい鈴木道子の声です。その時のCMに使われて有名になった曲が、今回ご紹介する「アフター9」です。
 
アフター 9

アフター 9


彼女の独特の声で歌いだし、オーソドックスで軽妙なピアノの市川秀男のトリオが伴奏をつけるこの曲は、覚えやすい歌詞とメロディです。この曲の流れたビールのCMは、まだまだ景気の良い時代の夜遊びに憧れを抱いていた多くの男女の心をつかみました。

日本人が歌っているとは思えないほど、本格的でお洒落なサウンドですが、CMでは画像には現れないヴォーカリストが、これは鈴木道子だと見当がつくほど彼女の歌は特徴的でした。

このアルバムは4曲となんとカラオケが1曲という変則的なミニアルバムで、どうにも中途半端な作りなのが惜しいほど。もっと鈴木道子の歌を聴いていたい気分にさせる出来です。
 

 

このテレビCMで一気にスターダムにのぼるかと思われた鈴木道子ですが、次回作はなんと7年後。それでも、テナーサックスのフランク・ウェスなどをゲストにさらに本格的なジャズアルバム「スウィート&ビター」を出しほっとさせてくれました。
 
スィート・アンド・ビター

    スィート・アンド・ビター


もちろんこのCDも伴奏陣の雰囲気も良く、強烈にジャズを感じさせるものですが、鈴木道子に関して言えば、アクというか、歌詞のセンテンスの語尾部分に晩年のビリー・ホリデイのような癖が出て、そこが若干評価の分かれるところでもあります。

それにしても彼女ほどの実力があっても、なかなか日の目を見ないのは、不思議です。ある種裏表のない飾らない性格が、もしかしたらスターを求めるヴォーカル界にあっては、決して良い方向にばかりは向かないのかも知れません。
 

 

女性ジャズヴォーカル4:アビー・リンカーン

You Gotta Pay The Band

You Gotta Pay The Band

ひとつ前にご紹介した鈴木道子がアルバム「スウィート&ビター」で取り上げた曲の中の一曲に、ここでオリジナルとして歌われた曲「バード・アローン」があります。この曲は、ベテラン歌手アビー・リンカーンが作詞作曲した曲です。

アビーの声はちょっと聴くと、鈴木道子と声の質や歌い方が似ており、鈴木道子がこのCDに影響されたと言う事は明らかに分かります。ここでのさすがに年季の入ったアビーの声は、人生の重みを感じさせ、より堂々とした貫録に溢れています。

そして、何と言ってもこのCDの目玉は、この録音の4ヶ月後に亡くなるテナーサックスの大御所「スタン・ゲッツ」が参加している事です。 この吹きこみが1991年の2月25,26日の両日。この年6月6日にスタン・ゲッツが64歳でガンで亡くなります。

ここでのスタンのソロは、とても4ヶ月後には亡くなってしまう病人のそれとは思えないほど、クリエイティブで瑞々しいイマジネーションに溢れています。音色はクリアで艶っぽく、枯れた所など全然感じさせないのが、粋な都会っ子で悪童だったと言うスタンの心意気なのでしょう。

そのスタンも、プレイは変わらずとも、人間としては長年大病と戦い、人生の険がすっかり取れ、ポートレイトで少年のような笑みを浮かべています。このスタンの写真を見ていると、アビーの歌の持つ包容力をさらに感じ、女性ヴォーカルの持つ癒しの力に触れた思いがします。

10曲目ラストの「ア・タイム・フォー・ラブ」もおすすめ。スタンの得意曲だったこのジョニー・マンデルの滋味深い曲を、二人ともしっとりと感慨深く聴かせてくれます。
   

女性ジャズヴォーカル5:ランディ・クロフォード

ストリート・ライフ

ストリート・ライフ


この曲は、12週間の間 全米ジャズチャートで頂点であり続けるという、ヴォーカルフィーチャー曲の多いザ・クルセイダーズの中でも大ヒットを記録した曲です。

そして当時まだ新人だったランディ・クロフォードにとっても、出世作となったのがこの曲。特徴的な歌詞とメロディは、テレビや映画などでも頻繁に使われ、特に印象的だったのはクエンティン・タランティーノ、1997年監督作「ジャッキー・ブラウン」です。

主演のパム・グリアは、70年代に活躍した往年のグラマー美人女優。そのパムがどこか陰のある航空会社の中年客室乗務員、ジャッキー・ブラウンを熱演します。劇中彼女が育ってきた環境とシンクロするように、この曲が効果的に使われていました。

この後、ランディは1980年に自身最大のヒット「ワン・デイ・アイル・フライ・アウェイ」を飛ばすなどして、おもにフュージョン畑で活躍する事になります。

そして、日本人にとって、ランディと言えばさらに思い出深い曲「アルマーズ」があります。この曲は、1986年のヒット曲ですが、1991年になって「スウィートラブ」と言う題名で、当時の人気テレビドラマ「もう誰も愛さない」の主題歌で評判になりました。大人の方で覚えていらっしゃる方も多いでしょう。
 
Almaz

Almaz


ストリート・ライフやアルマーズ(スウィートラブ)はどちらもランディの代表曲です。ランディには、「代名詞とも言えるこの一曲」を持っているシンガーの強みを感じます。
 

 

 

女性ジャズヴォーカル6:ビリー・ホリデイ

レディ・イン・サテン

レディ・イン・サテン


この曲は、サム・M・ルイスの作詞、J・フレッド・クーツの作曲によるもので、1934年という古い時代のものです。それでも、ここに歌われる歌詞の内容は、時代を超越し、愛と言う感情が不変のものである事を強く感じさせてくれます。

大きな白い花を髪飾りにしたものがトレードマークだったビリー・ホリデイは、美人シンガーとしても有名でした。そしてそれだけに恋多き女性でもありました。

時代と人種の問題から、恋愛にまつわるトラブルも引切り無しに起こっていたようです。それにより、またビリーを焦燥の念でさいなみ、ビリーはお酒と薬物の依存症から体調を崩して行く事になります。

この「レディ・イン・サテン」は、ビリーの最晩年の傑作と呼び声の高いCDです。この吹きこみの一年後にビリーは他界します。

全曲名曲、名唱ぞろいですが、特に今回ご紹介する「フォー・オール・ウイ・ノウ」は、愛に生き、愛により傷つき、最後まで愛を求めて逝ってしまったビリーの達した愛の境地。聴く者を感動へと誘います。

明日には他の人の元へ行ってしまう恋人。でも、この一時だけでも楽しく過ごしましょうという歌詞を歌うビリーの歌声は、どこか達観しており、意外なほどあっさりと聴こえます。それだけに、彼女の背負った不幸の重さを感じさせる歌唱なのかもしれません。スイートハート(愛しい人)とビリーが歌うだけで、聴くほどに切なさが湧きあがってくる名唱です。
 

 

女性ジャズヴォーカル7:エラ・フィッツジェラルド

Ella Fitzgerald At The Opera House

Ella Fitzgerald At The Opera House


なんと13回もグラミー賞を受賞、その上大統領自由勲章を授与し、「ザ・ファーストレディ・オブ・ジャズ」の愛称で呼ばれる大歌手のエラ・フィッツジェラルド。この不世出の歌手の多くの名盤の中でも、特に今回おすすめするのは「アット・ジ・オペラ・ハウス」。曲はバラードの「ビウィッチド」です。
 
このアルバムには、思い出があります。私が高校二年生の頃初めて買ったジャズヴォーカルのレコードがこれでした。自転車で急いで家に帰って、夕飯までに3回繰り返して聴き、食後も勉強などそっちのけで夢中になった思い出のレコードです。

特にお気に入りは、三曲目のバラード「ビウィッチド」。「魅せられて、悩まされて、惑わされて」という恋愛感情に陥った時に感じる戸惑いを切々と歌ったものです。

1940年に初演されたブロードウエイのミュージカル「パル・ジョーイ」からの曲。「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」や「ブルームーン」などのヒット曲を連発しているコンビ、ロレンツ・ハートの作詞と、リチャード・ロジャースの作曲です。

ここでのエラは、夢見る少女のような感性で、恋におぼれ、戸惑う女性の心を表現しています。まさに恋する乙女心のような歌を歌うエラが、この時すでに40歳で、なんと吹き込み三か月前には結婚詐欺被害にあっていたと言うのですから、現実世界は厳しいものです。

それでも、エラはめげませんでした。この一年後の1958年には、なんと妻子ある人に、とんでもない贈り物をしています。その贈り物とは、現代に至っても最高級のブランドを誇る時計の「パテックフィリップ」です。

贈られた主は、アレンジャーの「ポール・ウェストン」。この年1958年に当時のエラの人気シリーズの一つ「ソングブックシリーズ」で三月にアーヴィング・バーリンものを担当したアレンジャーです。

このアレンジがいたく気に入ったのかエラは、チューリッヒの高級宝飾店で「パテックフィリップ、Ref.2452」を購入しました。裏面には「To Paul from Ella」と文字入れまでしました。このRef.2452と言うモデルは、現在でも当時のものが中古で二百万円はする代物。
Life in Music

Life in Music

 ポールはこの時46歳、エラは41歳。歳も近い二人が音楽を通して恋をしていたとしても不思議ではない話です。でもその大事な贈り物が、なんと未使用の新品のままの状態で、ポールの家族ではない人が個人所有していると言うから複雑です。 


まったく使われてなかったという事が、この時計にまつわる物語への想像力を掻き立てます。この超高額な時計を勇気をふるって渡した時のエラの気持ちを思えば、周りから冷やかされようと、何を言われようとも、身につけて欲しかった時計です。

でも、ここに一つ問題がありました。それは、ポールが妻子持ちだったと言う事です。奥様は、同じく有名歌手のジョー・スタッフォードです。しかも、この二年前には二人めのお子さんを出産したばかりでした。
Ultimate Collection

Ultimate Collection


ジョーは、写真で観る限りは、おっとりした風貌のポールに対して、言ってみればややきつめの性格で、物事について相当はっきりしていそうなガッツのある顔つきです。

そんな夫婦仲に、夫がひょっこりもらったと言って持って帰ったパテックフィリップ。このおしどり夫婦に割って入った形になったこのパテックフィリップは、大問題の種だったろう事はたやすく想像できます。

普通に考えれば一枚だけのレコードで伴奏してくれた感謝の気持ちにしては、あまりに巨額なプレゼントと言えます。奥様でしたら、どんなにおっとりした夫でも、疑ってよいシチュエーションです。

こんな超ド級なプレゼントをしてしまったエラと、おそらくは貰った事で困り果ててしまったポールと、知ってしまっていたら怒髪天を突いたであろうジョーの三人…

この後たどった物語は、いずれにしても相当にシビアな展開だったのではないでしょうか。おそらくは、そんなこんなの大人の事情で、このパテックフィリップは未使用のまま保存されたというわけです。ポールの側にしても捨てるには捨てられずといったところだったのでしょう。それにしても、タイミングも最悪です。この三か月前には結婚詐欺にあっているエラですから。

この事からも、エラ・フィッツジェラルドという稀代のジャズシンガーが、自身の華麗な歌の何百分の一に満たないほどに、恋愛べただった事が分かり、余計にエラのファンになってしまいます。

おそらくエラは、自身の歌により生み出したラブソングの世界に生きた女性だったのでしょう。恋に焦がれても、実生活はやや残念な事にと言うあたりが、彼女の中に強烈に女性としての渇望を生み出し、そのパワーが彼女の歌に力を与えたとしか思えません。

いずれにしてもエラ・フィッツジェラルドは、少女のような気持ちを持った愛すべき女性、その上抜群の表現力を持った稀代のジャズヴォーカリストだった事は、間違いありません。

 

 

 

 

 

さあ、女性ヴォーカルの世界はいかがでしたか?今回ご紹介できなかった中にも、まだたくさんのヴォーカル名盤があります。そちらについても、いずれ順を追ってご紹介させていただきますね。

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