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今は昔! 来日ジャズメンのここだけの話ベスト3

1980年代後半に、恵比寿にあった伝説のライブハウスに訪れた、キラ星のような来日ジャズミュージシャンの、とっておきの話ベスト3をご紹介いたします。おススメCD紹介つきです。

大須賀 進

執筆者:大須賀 進

ジャズガイド

人と出会う瞬間というのは、思えばとても運命的なものです。現在では、インターネットの普及によりバーチャルの世界ではどんどん広がっていますが、リアルで知りあうという機会は昔からそう変わっていません。2018年、75億人に達したと言われる世界人口のなかで、一瞬のすれ違いでも相当に縁があるものです。

今回ご紹介するのは、私がほんの駆け出しサックスプレイヤーだった頃の約30年前、1980年代後半の出逢いのお話です。

場所は、当時東京恵比寿の西口にあったジャズライブハウス「ピガピガ」(残念ながら現在はありません)。ここで出会ったキラ星のような多くのジャズメンの中から印象深い「ここだけの話ベスト3」を第三位から順にいたします。

来日ジャズメンここだけの話ベスト3 第三位
有名アルトサックス奏者「リッチー・コール」

今から31年前、1987年の事だったと思います。この時は超有名フュージョン(ジャズから派生した音楽ジャンルの一つ)バンドの「クルセイダーズ」も来日していて、ちょうどピガピガでピアノ奏者の「ジョー・サンプル」など主要メンバーがコンサートを終え、打ち上げで飲んでいました。

当時恵比寿にあったジャズライブハウス「ピガピガ」は、有名ドラム奏者の「石川晶」氏の店で、来日ジャズメンはもちろん、石川さんを慕った日本のミュージシャンも頻繁に飲みに来ていました。

この日は、人気フュージョンバンドの「クルセイダーズ」が来ているとあって、店内は早くも期待感に異様な熱気。来店した来日ミュージシャンは、飲み代はタダですが、石川さんの要請で何曲か披露するのが習わしのようになっているのを皆知っているからです。

スター軍団クルセイダーズとて例外ではなく、そこはリーダーでピアノの「ジョー・サンプル」が責任を取るような形で素晴しいソロピアノを2曲ほど披露して、メンバーは安心して飲み始めていました。

こういう大物が来店する日は、どこからか情報を仕入れたミュージシャンがどんどん恵比寿に集まって来ます。そして、メンバー入り乱れての大セッション(その場で曲を決めて即興で演奏する事)となるのが普通でしたが、クルセイダーズのメンバーはやや腰が重いのか、なかなかセッションにはなりません。

そんな中、クルセイダーズのサポートメンバーのトランペット奏者だけが、持参したトランペットとおかわりしたビールを交互に、ハウスバンド(ピガピガ専属のピアノ、ベース、ドラムのピアノトリオ)と4ビートジャズを演奏して一人気を吐いていました。

そのトランペットの彼が何曲目かに演奏を中断し、入口の電話で何やら話していたかと思うとカウンターにやってきて、ビールのお代わりを注文しました。トランペットの熱演とビールの酔いで赤鬼の様になった彼が、「今、おれのマブダチ呼んだから、これからすごいジャズ、本物のジャズを聴かせてやるぜ」と言いました。

そして、奥で飲んでいる仲間の面々をあごで指し、「あんなんじゃなくて、本物のジャズを聴かせてやるよ」とも言いました。我々は色を失いましたが、赤鬼はご機嫌に顔をゆがめ、マブダチがどんなにすごいのかどんどんとビールを流し込みながら話しつづけました。

「本物のビバップなんだよ、あんなごきげんな奴はちょっといねえぜ、フュージョンなんかじゃねえんだ、本物のジャズだぜ、メン」

スターというものは、いつでも人の注目を集めるものです。ワイワイと活気のある店内にカランコロンとドアの音が響き、赤鬼が待ち焦がれたマブダチが姿を見せました。

眼鏡をかけた、人の良さそうな青年、第一印象はそうでした。その現れたマブダチこそが同時期に来日していた超人気アルトサックス奏者「リッチー・コール」だったのです。

「リッチー、遅いじゃないか、兄弟」とすぐさま抱きつく赤鬼。リッチーはハグされるままにニコニコと肩越しに店内を見ています。「あれ、お前サックスどうしたの?」そのうち赤鬼は、リッチーが手ぶらなことに気づきました。なんと、事情の分からないリッチーは楽器を持たずにやってきたのです。彼の吹く炎のようなトランペットに比べると、確かに赤鬼はろれつが回っていませんでしたが、それでも彼はリッチーにすかさず言いました。

「お前、何やってんだよ、楽器もってこいよ」追い返されるように店を出たリッチーの後姿を見て、誰もがため息をついたものです。

ところが、それから一時間くらいして、なんと先程、赤鬼にけんもほろろに追い返されたリッチー・コールが、今度は満面の笑みでサックスを手に戻ってきたのです。

元気を盛り返した赤鬼を従え、リッチー・コールは左手に持ったビールのジョッキを一気にあおり、右手にサックスを持ってステージに立ちました。そして、準備しているハウスバンドを振り返り、にっこり笑うとそのまま無造作にサックスを咥え、ブルース(12小節からなるブルースという曲の形式)を奏で始めました。それは、確かに本物でした。赤鬼が笑うほどのジャズでした。

そして、リッチーはこのスローブルースを店内全てが震える程に朗々と吹き鳴らし、その間中はずっとこの恵比寿が、マンハッタンに変わってしまったかのようでした。居合わせた皆の至福の数分の後に、リッチー・コールは惜しむようにエンディングを吹き終えると、そのまま楽器を置き、ようやく落ち着いて飲めるよという顔で、ソファに座って飲み始めたのでした。

一時間かけてタクシーでホテルに戻ってまで持ってきたサックスで、本物のジャズを鳴らしたリッチ・コール。この一曲限りのスローブルースは、もちろん録音もされずにその場限りのものとなりましたが、リッチーの「レッドデビル・ブルース」として、この日恵比寿の夜に刻まれたのです。

あなたに、お勧めする「リッチー・コール」のCDはこの一枚です!
サイド・バイ・サイド

サイド・バイ・サイド

「サイド・バイ・サイド」より6曲目「エディーズ・ムード/サイド・バイ・サイド」

このCDはリッチー・コールの師匠筋にあたる有名アルトサックス奏者「フィル・ウッズ」との共演盤です。そっくりな二人のライブによる楽しい掛けあいは、まさに31年前に恵比寿で体験した雰囲気そのままです。

特に6曲目「エディーズ・ムード/サイド・バイ・サイド」は、恵比寿での忘れられない夜の演奏と同じブルースです。出来は記憶の方に軍配が上がりますが、こちらもなかなか楽しい演奏です。後半スタンダードの「サイド・バイ・サイド」に変わって行くあたりが聴きどころ!

来日ジャズメンのここだけの話ベスト3、第2位は次のページで紹介します。

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