秋には、色々な顔があります。スポーツの秋や食欲の秋など、アクティブで溌剌とした動的な面があるかと思えば、読書の秋など、じっくりと腰を据えた静的な学びの面も秋の顔です。

また、中秋の名月という言葉があるように、月を愛でながら夜長を楽しむ季節でもあります。古来より月には不思議な力があると言われてきました。特に西洋では、時には悪魔的な魔力を持つものとさえされています。


テナーサックス奏者ボブ・ロックウェル 「ラブ・アイズ」より「オールド・デビル・ムーン」


ラブ・アイズ

      ラブ・アイズ

恋をしたのはあなたの瞳に宿った月の光のせいと歌われるこの曲。有名なスタンダードですが、同じテナーの演奏では、何と言ってもソニー・ロリンズのヴィレッジヴァンガードでのライブが上げられます。

ある意味絶頂期のロリンズの姿を捉えたライブ盤ですが、それだけに一所懸命過ぎて、少し聴くのに勇気がいる盤でもあります。ここは一つ、同じハードな演奏でも、ほど良いボブ・ロックウェルによる演奏を聴きたいところです。

ボブのテナーは、太くて苦み走ったサウンドを持っており、ソニーほどのイマジネーションは無い代わりに、落ち着いた大人の風情があります。そして、この演奏は、落ち着いたボブのテナーとは対照的に、つっかかり気味に跳ねまわるヨーン・エンボルグのピアノとオーゲ・タンゴーの賑やかなドラムが悪魔的な饗宴を感じさせ、好ましい演奏になっています。

最後は意外とあっさりと終わってしまうのも、このCDの最後の曲と言う事を考えれば、むしろ都合良く、もう一度頭から聴きなおしてみたい感覚にとらわれる仕組みになっています。

数年に一度で良い天才の演奏より、何度でも聴き直したい、親しみのもてる好盤です。

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ヴォーカル、アストラッド・ジルベルト「いそしぎ」より「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」


いそしぎ

いそしぎ

 
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ボサノヴァの女王、アストラッド・ジルベルトのソロボーカルとしての第2弾が今回ご紹介するアルバム「いそしぎ」です。その中の「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」でのアストラッドの歌い方はいたってシンプル。鼻歌のようなと形容されるほど、力が抜けたストレートな少女のような歌い方です。

その一種超然とした欲のない歌唱が、アストラッドの持ち味。そこには、秘密があったのです。

アストラッド・ジルベルトというボサノヴァを代表する歌手は、まさにアメリカンドリームを具現化した女性です。彼女の最初の転機は、ボサノヴァの創始者の一人、ジョアン・ジルベルトとの出会いで訪れました。

ほぼボサノヴァが生まれたと言って良い1959年に結婚した二人は、その4年後ブラジルからアメリカに渡ります。ここで2度目にして最大の転機が彼女に訪れます。

なんと、それまで本国ブラジルでは、歌手ではなく普通の主婦だったアストラッドの歌がプロデューサーのクリード・テイラーに気にいられてしまいます。そしてヴォーカルとして、レコードデビューしてしまったのです。そのレコードがアメリカボサノヴァ界の第一人者テナーサックス奏者のスタン・ゲッツ「ゲッツ・ジルベルト」でした。

ゲッツ/ジルベルト

ゲッツ/ジルベルト


このレコードの題名のジルベルトは、アストラッドの事ではなく、その時の旦那さんのジョアンの事。彼女は、ゲスト的に英語の歌詞を歌っただけだったのが、シングルカットではなんとジョアンのポルトガル語の歌をカットして、アストラッドの英語の歌詞が使われ、グラミー賞を獲得するなど世界的な大ヒットになったのでした。

その曲こそが有名な「イパネマの娘」です。突如シンデレラのごとくデビューしてしまった彼女。同じ歌手の旦那さんのジョアンと、それから少しして別れてしまったのは、これも運命のいたずらなのでしょうか。

生のままの姿で勝負した稀有のヴォーカリストが、アストラッド・ジルベルトなのです。そう思って先ほどの「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」を聴くと、まるで恋人が耳元でささやいてくれるがごとき歌に思わず頬を赤くして聴きほれてしまう事でしょう。

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ヴォーカル、ビリー・ホリデイ「レディ・デイ・ザ・ベスト・オブ・ビリー・ホリデイ」より「ホワット・ア・リトル・ムーンライト・キャン・ドゥー」


レディ・デイ:ザ・ベスト・オブ・ビリー・ホリデイ

レディ・デイ:ザ・ベスト・オブ・ビリー・ホリデイ

この演奏は1935年に吹きこまれた大変古い演奏です。この時、この演奏に馳せ参じたスウィングピアノの大御所テディ・ウィルソンのバンドには、若き日のスウィング王、クラリネット奏者のベニー・グッドマンや、この後40年代に入るとデューク・エリントン楽団の花形ソロイストとなるテナーサックス奏者のベン・ウェブスターなど錚々たる面々。

各人、乗りに乗った素晴らしい演奏となりました。ビリーも晩年にみられるように、アクの強い語尾にアクセントを置く癖がみられずに、瑞々しく楽しげで軽やかです。

この時ビリーは若干二十歳。この演奏からは、すでにボーカルとして、確固たる歌唱力を身につけていた事に驚きます。ある意味早熟な天才だった彼女は、この時期いずれにしても歌手としても女性としても、最高に輝いていたと言えます。

やがて来る、彼女の秋のシーズンなど、彼女自身がまったく感じていない若さあふれる、ビリーを一躍有名にした快唱と言えます。

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月にちなんで、もう一曲
吉田日出子「上海バンスキング」より「月光価千金」


上海バンスキング/吉田日出子名選集

上海バンスキング/吉田日出子名選集

この曲は、私にとっても思い出の一曲と言えます。1983年当時ロングランを続けていたこのミュージカル「上海バンスキング」を銀座の博品館劇場に観に行った思い出です。

この時聴いた吉田日出子の歌の素晴らしさは、なんと表現したら良いのでしょう。彼女の不思議な魅力にあふれた、説得力のある歌は、いまだに耳から離れません。

特にこの月光価千金では、出だしのハミングが素晴らしく、アップテンポになってからは、彼女独特の日本語の発音やアーティキュレーション(1音1音区切る歌い方)がチャーミングです。

誰にでも、大切な思い出があるように、この秋の夜長に、素敵なジャズを聴きながら、月の光に酔い痺れてはいかがですか。また、次回お会いしましょう!

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