ジャズはおよそ100年以上歴史のある音楽です。いざ聴いてみようと構えると、どこから手をつけて良いか迷うものですね。ジャズ関係の本などで勉強するのも良いですが、初心者ならば、特にライブに行く事をお勧めします。

でもいきなりライブと言うと余計にどうしたらよいかわからない、とお思いですね。大丈夫です。今回は、ジャズライブに行くにあたってのお作法を三つご紹介いたします。

ジャズライブに行くお作法 その一「他人のおススメに乗ってみよう!」

ジャズライブに行くにあたって、まず難関なのが、「じゃあ、どのライブに行ったら良いの?」と言う事ですね。ライブを決定するにあたっては、もちろん自分の勘を信じると言うのも大事ですが、やはりまずは、他の人が良いと言ったものに乗ってみる事をおススメします。つい先日、わたしも人のおススメに乗って大当たり!を経験しました。サックス奏者のデイヴ・コーズのライブです。

スムースジャズのサックス奏者デイヴ・コーズ「ライブ・アット・ザ・ブルーノート・東京」より「トゥギャザー・アゲイン」

Live At Blue Note Tokyo

Live At Blue Note Tokyo

このライブCDは、サックス奏者「デイヴ・コーズ」の初めてのライブ盤にしてグラミー賞の候補にもなった代表作。

1曲目にあえてバラードの「ホワット・ユー・リーブ・ビハインド」を持ってきて、続く2曲目に十八番とも言うべき「トゥギャザー・アゲイン」への流れを作ったところに、このCDの成功があったと思います。そして、3曲目の頭にデイヴのMCで盛り上げる。ライブの構成としてこれほど計算されたものは無いと言えます。

私がジャズ講師としてオールアバウトで開催していた「じぶん学校」で、受講生とのライブ見学を計画していた中で、アルトサックスを勉強中の受講生の方のおススメにより決めたのがこの「デイヴ・コーズ」のライブでした。

「デイヴ・コーズ」は、このライブ盤がグラミー賞候補になるなど、今一番乗りに乗っている、スムース・ジャズのサックスプレイヤーと言って良いでしょう。正直私の好みからは少し外れましたが、もしかしたら初心者の方には良いのかもと思い、行ってみたら大正解。

今回の参加者八名の中で、ほとんどの方がライブ初体験。みんなドキドキもののライブ体験でしたが、始まると同時にノリノリで楽しんでくれました。こういった瞬間に出会うと、ジャズの歴史の勉強も良いけれど、やはりライブのインパクトには到底及ばない様な気がします。

ジャズの流れの中で、デイヴがどういう位置にいるのか、などという事はひとまず置いておいて、その時その時のミュージシャンの熱を体験出来れば、もうライブの、そしてジャズの楽しさに目覚めるはず。そういう意味でも、現在のデイヴ・コーズは、エンターテイナーなだけに初心者に超おススメです。

今回のライブでは、特にアンコールで吹いた日本の歌「さくらさくら」から「上を向いて歩こう」(この曲は、坂本九の歌でスキヤキと言う題名で、1963年にビルボード誌で全米NO.1となった伝説の歌です)を経て、モータウン時代のジャクソン5の代表曲「アイル・ビー・ゼア」にいたるメドレーは、会場を巻き込んでの大合唱。

スムース・ジャズと言うよりは、ロックコンサートのようなデイヴ・コーズ・ショーとして盛り上がりました。

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ジャズライブに行くお作法 その二「お洒落をして出かけよう!」

ジャズライブの愉しみの一つとして、お洒落をして出かけると言う事があります。なぜならば、普段ならば少し気おくれしてしまいそうなオシャレも、ステージライトやサウンドが派手なライブならば、社交の場として思い切って出来るからです。

そしてジャズライブは、デートの場としてもこれほど良いところはありません。お洒落をして出かけ、美味しい料理を食べ、極上のライブを堪能する。

会話が苦手でも、パートナーはしっかりお店の料理や、ミュージシャンの音楽で楽しませてくれます。二人の音楽の趣味が合えば、共通の話題ができ、これからの発展に繋がりそうですね。

ぜひ、少し背伸びしてでも、ライブハウスにオシャレをして行ってみてください。きっと普段とは違った世界を見ることが出来るでしょう。

お洒落と言えば、生き方そのもののお洒落を感じたライブがこちら!

演歌の女王八代亜紀 「夢の夜 ライヴ・イン・ニューヨーク」より「ユー・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」

夢の夜ライヴ・イン・ニューヨーク

夢の夜ライヴ・イン・ニューヨーク

この曲は、ついにニューヨークでジャズライブを開催した演歌の女王こと八代亜紀が、「ニューヨークのためいき」こと女性ジャズボーカルの大御所ヘレン・メリルとデュエットをしたものです。

ここでは、決定版「ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン」で聴かれるしっとりとしたハスキーボイスよりも硬めの声質に変化したヘレンに対して、八代の声はまだまだ瑞々しさを湛えています。本家ニューヨークのためいきを凌駕する色気を放っています。

実は、ニューヨークデビューの直前に渋谷のヒカリエにある東急シアターオーブで八代を観る事が出来ました。約2,000人の会場はほぼ満席。ニューヨーク行きを控えて、八代は絶好調の歌声を聴かせてくれました。そして、なによりもサプライズだったのがゲスト出演のトランペット奏者の日野皓正です。

ニューヨークに備えての練習もあったのか、アレンジがしっかりした伴奏陣は安心して聴く事が出来ますが、それだけにややスリルに欠け、ややもするとただの「伴奏」になってしまいがちです。そんな場面をひっくり返したのが、御歳71歳にならんとするそのニューヨーク在住の日野皓正でした。

日野のすごみは、彼が出てきただけでバンドの音がそれとわかるように変わった事でも明らかでした。躍動感が出て、リズムにうねりとスウィングが生まれ、何よりもそれまで表情を変えずに演奏していたミュージシャンに笑顔が浮かんできました。

その時日野が吹いたのが、チャーリー・チャップリンの1936年の映画「モダン・タイムス」のためにチャップリン自らが作曲した「スマイル」でした。

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日本を代表するトランペット奏者日野皓正 「ブルー・スマイルズ」より「スマイル」

BLUE SMILES

BLUE SMILES

日野のメリハリのある音は、バラバラになりがちな伴奏陣の音を、一つに絡みとってしまう接着剤の様に、吸着しまとめます。日野が絡んだ途端に、バンドは生き返ったかのようにスウィングし始めました。そのボンドのようなトランペットの音は、とても71歳のミュージシャンのものとは思えないほど、生き生きと若々しい生命力にあふれたものでした。

さらに驚かされるのは、日野皓正というジャズミュージシャンが、いまだに身にまとわせている「男臭さ」。言葉を変えれば男としての色気です。

黒の衣装に身を包んだ日野の姿は、何年も前から歳を重ねる事を忘れてしまったかのようです。その色気が、日野の音に力を加え、このような大きなホールにもかかわらず、ストレートな生音を観客にまで届けているようにしか思えませんでした。

1942年生まれの日野は、私とちょうど20歳違いです。余談ですが、ライブに同伴した女性が「日野さんの近くに寄ったら、何かが起きるかも」と言っていたのが忘れられません。

そんな言葉が冗談に聞こえない71歳の日野皓正には、同じ男としてほんの少しの嫉妬と、大いなる尊敬の念が浮かびます。男がジャズに生きるには、いつまでも楽器に精進する心構えと、そして男としての艶やかさが必須だと再確認しました。

70歳と言うと、一般では古希のお祝いをする年代です。こんなにもカッコよく音楽の今を生きている71歳の日野皓正は、今まで以上に私のアイドルとなりました。

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ジャズライブに行くお作法 その三「行くと決めたら、ちょっとはお勉強をしよう!」

さあ、ジャズライブに行くぞ!と決めたら、やってほしい事があります。それは、行く事を決めたライブのミュージシャンについて、少し予習をするという事です。

まったく予備知識なしで聴く方が、先入観なしでありのままを捉える事が出来るという考えもありますが、それは「ライブを楽しむ」という観点からは、的外れと言えるでしょう。

予習をする事のメリットは、何よりもそのミュージシャンに親近感を持つという事です。知らない人からよりも少しでも知っている人からの方がより影響を受けやすいもの。ライブを楽しむと言う事にフォーカスするのであれば、ミュージシャンとの距離はできるだけ近い方がノレると言う事は明白です。

今回ご紹介する「モンティ・アレキサンダー」についても、ライブ前に勉強する事によって、何倍も楽しめました。

ジャマイカ出身のピアノ奏者モンティ・アレキサンダー「モンティ・ミーツ・スライ・アンド・ロビー」より「モンティーズ・グルーブ」

Monty Meets Sly & Robbie

Monty Meets Sly & Robbie

このCDは全10曲の内、8曲が「ソウルジャズ」の名曲を取り上げています。今回のライブでもこのCDよりハービー・ハンコックの「カメレオン」、ラムゼイ・ルイスの「ジ・イン・クラウド」を演奏していました。

その中でも同じくライブで演奏したモンティ自身のオリジナル「モンティーズ・グルーブ」は、並みいるソウルジャズの強豪の有名曲の中にあっても負けずに光彩を放っていました。

このCDでの演奏は、言わずと知れたレゲエの大御所スライ&ロビーとの共演。そのベースとドラムの同じパターンが延々と繰り返される、レゲエのというよりスライ&ロビーらしい演奏スタイルが存分に発揮されています。

その心地よいリズムに乗るように、モンティはピアノを奏でて行きます。そして、無限に続くかと思われたそのリズムパターンとモンティの快調なソロは、始まって5:08経ったところで突然途切れ、それと同時に、唐突にモンティのピアノの音も、フレーズの途中にして止んでしまいます。

その辺も、もう少し聴いていたいと言う思いを抱かせ、心憎いところです。延々同じパターンが続くことによって、終わり方が難しいレゲエの、一つのエンディングのありかたとも思われます。

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ところでスライ&ロビーといえば…24年前の思い出

スライ&ロビーといえば、思い出されるのが24年前の熱い夏です。当時は夏になると東京の稲城市にある「よみうりランドイースト」で「レゲエ・サンスプラッシュ・イン・ジャパン」という名前の野外のレゲエ音楽祭がありました。その1989年のイベントに、観客ではなくて、出演者サイドで参加した事があります。

出演者サイドといっても、私が演奏したと言う事ではなく、当時働いていた恵比寿にあったライブハウス「ピガピガ」のハウスバンドを車で連れて行ったと言う事です。

そのバンドは「ヴンドゥムーナ」。ザイール(現コンゴ民主共和国)から来たリンガラ(アフリカンミュージックの種類。ポリリズムの多彩なパーカションと、ギターによる延々と続くリフが特徴)バンドでした。一日バンドボーイと言うわけですが、楽屋に出入りできたのがラッキーでした。

リンガラフュージョンバンド・ヴンドゥムーナ「モペペ・ヤ・アフリカ」より「ヴンドゥムーナ」

MOPEPE YA AFRIC

MOPEPE YA AFRIC

この演奏は、彼らヴンドゥムーナのテーマ曲のような位置づけ。スワヒリ語では「音楽」と「踊る」と言う言葉が一緒だと言う彼らの真骨頂です。全員が踊りながら奏でるアフリカンミュージックはまさに楽園の音楽です。

ようやく着いたよみうりランドの楽屋は、大きな控室が1室。このレゲエ祭りは、午前中から夕方まで延々とレゲエミュージックが演奏されると言うロングラン公演です。出番ではない出演者はみなそこでくつろいでいました。

楽屋の中は、少し遅れて入った私たちが立ちすくんでしまう様な、もうもうとまっ白い煙が立ち込め、なぜかおそらくまかないであろうやけにスパイシーな香りのカレーが大きなずんどう鍋でぐつぐつ音を立てているような、まるで異国の空間。

ザイール(現コンゴ民主共和国)からやってきた我らが「ヴンドゥムーナ」の面々は、居心地が悪そうに、部屋のはじっこのほうで、みんな肩を寄せ合うように小さくなっていたのを、昨日の事の様に思いだされます。

それでも「ヴンドゥムーナ」は、ステージになれば一転いつも以上のパワーを発揮、ステージの広さなどヴァイタルな彼らには全く問題が無いほどの広い会場総立ちの盛り上がりよう。

リズムがあるもののどちらかと言えば静のイメージのレゲエに対して、彼らのリンガラは、まさしく動。音楽とダンスと言う言葉が一緒になった、自然に体が動き出してしまうハッピーミュージックの前には、もともと騒ぎたくて集まった約一万人の大観衆など、赤子の手をひねる様なもの。

「ヴンドゥムーナ」の底力を見たライブでした。これからすぐ、彼らは東京ドームでの演奏を果たします。

午前中から夕方までレゲエのリズムが絶える事の無かったよみうりランドイーストにも、ようやく最後の場面を迎えます。最後の最後にこれまで参加したミュージシャン全員で、ボブ・マーリーの「バッファロー・ソルジャー」を歌っての大団円。

それまでの待ち時間を、よみうりランドで過ごした「ヴンドゥムーナ」は、特にジェットコースターに大はしゃぎ。目を輝かせ、子供の様にもう一回とせがんでいたのを思い出します。

ライブの楽しさは、行ってみなければわかりません。大きなステージから小さなステージまで色々ありますが、共通するのは、演奏するミュージシャンの一所懸命さです。

一度行ったら、やみつきになること請け合いますよ。さあ、折角ですから、目いっぱいお洒落をしてライブに出かけてみてはいかがですか!

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