第2位 ラムゼイ・ルイス 「コンシダー・ザ・ソース」より「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」(革命のエチュード)

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ラムゼイ・ルイスは、1935年シカゴ生まれのジャズ・フュージョン・ピアニストです。そのラムゼイにとって、クラシックは一度は本気で目指した道でした。

幼少の頃よりクラシックピアノのレッスンを受け、大学ではピアノを専攻。卒業後には、シカゴ交響楽団とピアノ協奏曲を演奏したという将来を嘱望された本格派です。

それが、一転ジャズをこころざし、ベースのエルディー・ヤングとドラムのアイザック・レッド・ホルトとで、ラムゼイ・ルイス・トリオを結成。1956年地元シカゴで活動を始めたと同時に、地元のチェス・レコードの目に留まりデビュー。

そのまま、瞬く間にシカゴで人気のトリオになりました。そして次の転機は、1965年。「ジ・イン・クラウド」によってグラミー賞のジャズ部門を受賞し、一躍全米で人気のピアノ・トリオになったというシンデレラ・ストーリーです。

このCDでは、1曲目にフランスのジョルジュ・ビゼーの有名なオペラ「カルメン」をやっています。ソロの途中には「エニシング・ゴーズ」などジャズのスタンダード曲を引用し、ラムゼイ流のジャズとクラシックの融合を楽しんでいる様がうかがえます。

そして、さらにおもしろいのは4曲目「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」です。この有名なジャズ・スタンダードで、なんと前奏部分に有名なクラシックのピアノ曲を高らかに奏でるのです。

それは、「ピアノの詩人」と呼ばれたフレデリック・ショパンの「革命のエチュード」です。そのまま、マイ・ファニー・ヴァレンタインのテーマに入るというなんともユニークな解釈に驚きます。

この受けを狙ったかのような、なんでもありの割り切ったスタイルが、ラムゼイの真骨頂でもあり、同時に真剣なジャズファンには敬遠される部分でもあります。それでも、このラムゼイ特有の軽妙洒脱なポップさが彼をして、人気者にしたことも事実です。
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このトリオのドラマー、アイザック・レッド・ホルトが抜けた後にドラマーの椅子に座ったのが、後にファンク・ミュージック界を席巻するスーパーバンド「アース・ウインド&ファイアー」のリーダーとなるモーリス・ホワイト。

モーリスは1970年までの4年間もラムゼイ・トリオのドラマーとしてラムゼイを支えます。そのラムゼイ・トリオの経験が、モーリスにとっていかに大きなものだったかは、計り知れないものがあります。

ラムゼイとの活動に恩義に感じたモーリス。ラムゼイの元を離れてすぐに結成し、1974年当時はすでに全米NO.1ヒットを放っていた「アース・ウインド&ファイアー」を引き連れて、ラムゼイの後押しをします。
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 「太陽の女神」より「太陽の女神」

そして、モーリスの後押しの甲斐あり、そのラムゼイのアルバム「太陽の女神」は大ヒット、ついにグラミー賞を受賞するまでにいたります。その辺も、ラムゼイの人柄と、ミュージシャンとしてデビュー当時からの変わらない「持っている男」ぶりを示すエピソードと言えます。
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最後のページでは、クラシック界とジャズ界最大の天才2人の登場です!