三枚目にオススメするCDはこれ!


ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング

ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング

 有名ピアノ奏者ビル・エヴァンスのCD「ユー・マスト・ビリーブ・イン・スプリング」

<「ユー・マスト・ビリーブ・イン・スプリング」より二選>

「Bマイナー・ワルツ(フォー・エレイン)」

このCDはぜひ最初の一曲目から聴いていってください。この「Bマイナー・ワルツ」はフォー・エレインという副題がついています。エレインとはこのCDを吹きこんだ前年の1976年に亡くなった、ビル・エヴァンスの前妻のことです。

出だしからこの演奏はピアノの凛とした響きの中にも、ビル・エヴァンス自身が大切な思い出に浸っている様な、そんな一種の寂しさを感じさせる雰囲気が漂っています。

この演奏をサクラに例えるなら、夕日に映える白く清廉な「ソメイヨシノ」でしょうか。鮮やかに咲くだけではなく、散りゆく姿にも、ものの哀れを感じさせます。

このCDほど黄昏時を感じさせるビル・エヴァンスの演奏はあまりありません。これから来る夜の闇。その前の一時、茜色に輝く短い時間にこそふさわしい演奏に感じます。

それは、このCD自体がそういったビルの大切な亡くなった人へ捧げられたアルバムだからです。四曲目ウイ・ウィル・ミート・アゲイン(フォー・ハリー)もこの同年(77年)に自殺で亡くなったビルの兄に捧げられた曲です。この曲も「Bマイナー・ワルツ」同様、レクイエム(鎮魂歌)と言っても良い深い響きを持っています。

どちらの演奏も、相次ぐ不幸に、身もだえする様な辛い時期を過ごし、ここに至って演奏によって自身の思いを浄化しようとしているかのような静かで厳かな演奏に聴こえます。

「ザ・ピーコックス」

次にご紹介したいのは五曲目「ザ・ピーコックス」です。翼を広げるクジャクの美しさを表現したこの演奏は、まさにビル・エヴァンス渾身の作品になっています。

己の身を削るように、必死に美しくあろうと翼を広げるクジャクと、このビル・エヴァンスの「ザ・ピーコックス」の演奏。それと、短い時間の中で、きれいに咲いてもパッと散ってしまうサクラ「ソメイヨシノ」。この三者に共通するものは、美しいものはどこか悲しみと一緒にあるという事です。

たまには、暮れゆく夕日をバックにサクラを見ながらこの演奏を聴き、もろくもはかない人生に思いを寄せるのも良いかもしれません。そんな事を思わせる演奏です。

Amazon

番外編 ~とは言え、花見と言えば、やっぱり宴会~

感傷的な黄昏時が過ぎ、辺りは少しずつ暗くなってきました。こうなると、アフター5の大人たちがわらわら集い、ライトアップされたサクラを愛でながらの大宴会の始まりです。

そんな宴会ムードに相応しいと言えるCDが次の有名トランペット奏者ディジー・ガレスピーの「ソニー・サイド・アップ」です。

ソニー・サイド・アップ

ソニー・サイド・アップ

 <「ソニー・サイド・アップ」から一選>

「明るい表通りで」

このCDでは、何と言っても一曲目「明るい表通りで」を聴いてみましょう。

1957年に録音されたこの演奏は、絶頂期の超有名テナーサックス奏者のソニー・ロリンズともう一人ソニー・スティットという東西両横綱級の二人が参加しています。そんな、テナーサックス同士の丁々発止とやりあう真剣勝負をよそに、ディジー・ガレスピーが、さすがの貫録で肩ひじ張る事無く、リラックスした演奏に終始したものです。

トランペット奏者のディジー・ガレスピーというと、一ページ目でご紹介したモダンジャズの開祖の二人組のうちの一人です。(もう一人はアルトサックスのチャーリー・パーカー)

言ってみればモダンジャズのカリスマと言っても良い存在です。でもその割には、この「明るい表通りで」でのガレスピーは、自らとぼけた味わいのボーカルまで披露し、宴会に華を添えます。

花見の席には必ず一人はいるお調子者を思わせる能天気さが微笑ましく楽しい演奏と言ってもよいでしょう。

その親しみやすいボーカルとはうって変わり、ガレスピーのトランペットはラジカルです。その辺のギャップも彼の魅力と言って良く、おどけた一面は見せてもジャズ界のイノベーターとしての矜持を見せてくれます。

このCDは、このほかの三曲とも甲乙つけがたい熱演が繰り広げられます。ガレスピーはもちろんですが、二人のテナーサックス奏者のがっぷり四つに組んだ取り組み(テナー吹き比べ)もお楽しみください。

大好きなサクラの木の下での宴会、めいっぱい楽しんでください。でも、呑み過ぎにはご注意を。次の記事でまたお会いしましょう。

Amazon


※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。