香水になったディサローノ アマレット
カクテル「ゴッドファーザー」
Godfather
ウイスキー 45ml
ディサローノ・アマレット 15ml
ビルド/オン・ザ・ロック/軽くステア
さて、今回の主役はイタリアのリキュール。「ディサローノ アマレット」が香水にもなっていることに触れる。酒場での話のネタにしていただければ幸いだ。
申し訳ないが、カクテル「ゴッドファーザー」と「ディサローノ アマレット」に関しては、サントリーのリキュール&カクテルのホームページで連載している「オンドリのしっぽ 第3回切ない恋の伝説」(2011年6月末掲載)に詳しく書いた。まずそちらをお読みただきたい。でもそれじゃぁ話がすすまないので、一応ざっくりと解説しておく。
リキュール「ディサローノ アマレット」
1525年頃、レオナルド・ダ・ヴィンチの門人で優れた才能を持ったベルナルディーノ・ルイーニという画家がミラノの北、サローノの街にあるサンタ・マリア・ディ・ミラーコリ教会にキリスト生誕のフレスコ画を依頼され出向く。
ルイーニが聖母マリアのモデルにしたのは街の旅籠の美しい女主人。制作中に互いに惹かれ合うが、やがて別れの時が来る。ルイーニは次のクライアントへと向かわなければならない。彼は女主人に肖像画を描いて贈り、女主人は返礼にアーモンドの香り(芳香成分はアンズの核/ちなみにわたしは人に説明するときには「アーモンド的だが、杏仁豆腐の香りだな」と言う)のする甘くエキゾチックな味わいのリキュールを手向ける。これがいまや世界的なリキュールとして知られる「ディサローノ アマレット」の伝説である。
この伝説を元に、イタリアの女流作家マリナ・フィラートが小説『マドンナ・オブ・ジ・アーモンド』を創作。そしてフィラート女史は英国最古の香水商、フローリス(FLORIS)に物語をイメージした香りを依頼し、小説と同名の香水が誕生する。日本では2010年9月に発売された。
いまもなおフレスコ画は教会に残る
英語版“MADONNA OF THE ALMONDS”(撮影/川田雅宏)
現在、日本で「ディサローノ アマレット」について書かれた文献には、ルイーニはサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会でフレスコ画を描いていたことになっているが、これは誤りだと思う。
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエといえば、ミラノにあるダ・ヴィンチの『最後の晩餐』で有名な世界遺産に登録されている教会である。美術史のなかのルイーニの年譜をみれば、1525年頃にサローノのサンタ・マリア・ディ・ミラーコリ教会でフレスコ画を描いているし、またミラーコリ教会にルイーニのフレスコ群がいまも保存されている。
まだわたしはフィラート女史の小説を読んでいないので、推察でしかないが、小説での教会の舞台名がサンタ・マリア・デッレ・グラツィエになっているのかもしれない。史実と虚構を織り交ぜた作品だから、この小説に描かれている舞台が真実のように誤解されて伝わっているのではなかろうか。ただダ・ヴィンチの『最後の晩餐』を知っていれば、おかしいということに気づくはずなのだが。
なんせわたしの手元にあるのは英語版。辞書を片手にウンウン唸りながら訳しながら解明しなければならない。どこかの出版社が早く日本語訳を出版してくれると助かるのだが。とはいっても、わたしの場合、肝心な部分だけを見つけて訳せばいいだけのことではある。
では次頁でフローリスが生んだ、香水についてお伝えしよう。(次ページへつづく)