店名に込められた想い「ビーニ」

ビーニの外観

ビーニの外観

注)・2017年、移転情報追加。
「ビーニ」は2017年9月15日に、京都市中京区東洞院通丸太町下る445‐1(カルムビル南側)へと移転オープンされました。当記事は移転前の記事となります。ご注意くださいませ。


哲学者の西田幾多郎が思索を巡らしながら歩いたことから名付けられたという「哲学の道」。言わずと知れた、銀閣寺にほど近い東山山麓の疎水沿いにある名散策スポットですね。その哲学の道の一筋西の通り「鹿ケ谷(ししがたに)通」に、いぶし銀のようにきらりと光るイタリアンレストランが誕生してちょうど丸1年、じわりじわりとその実力と居心地の良さが広まっているのをご存じでしょうか。

その名は「ビーニ(旧店名エノリテカ イ・ビーニ) 」。長年イタリアやスイスで暮らしながら、実力を発揮してこられたシェフ中本敬介さんが、サービスを担当されている奥様の理恵子さんと共に帰国されて始められた、僅か18席のレストランです。

店内

ビーニの店内。二つの部屋に分かれています

鹿ケ谷通を南の方から上がっていくと、野趣溢れる茶色の板が張りめぐらされた、とてもイタリア料理店には見えない和の一軒家。外からでは中の様子がまったく窺い知れませんが、板戸を開けて中に入ると、手前が洋の空間、奥が坪庭に面した畳敷きの和の空間と分かれていて、どちらもしっとりと落ち着いた風情を醸し出しています。

中本さんは広島出身で、まず広島と東京のレストランで働かれた後、イタリア・ピエモンテ州にある外国人のプロのための料理学校「ICIF(イチフ)」に留学。卒業後はトスカーナの「グロッセート」やボローニャに近い「イモラ」で腕を磨き、その後はドイツにほど近いスイスのザンクトガレンの有名レストラン「セグレート(SEGRETO)」に8年間在籍して料理長を務められました。通算すると計12年ものあいだヨーロッパで生活され、本場の空気や文化に浸りながら研鑽を続けられてきたわけですね。
グリッシーニ

グリッシーニは、このような演出で登場です

日本に戻るに当たり、これまでの料理人人生を集大成する地として選ばれたのが、日本の中の日本ともいえる京都の洛東だったのです。店名のエノリテカ(Enoliteca)は、ワインを出す店Enotecaと、オリーブオイルを出す店(Olioteca)を合成した造語。この語を考案されたのはトスカーナでの最初の修業先Bini家の、ソムリエでオリーブオイルのエキスパートでもあるジャンカルロさん。ですが、彼は高齢を理由に2010年10月に引退・閉店。
店名

トスカーナから日本へ受け継がれし店名

そして、それを機に、中本さんにEnolitecaを名乗るよう強く託されたのだそうです。「イ・ビーニ(I'Bini)」という店名も、12年間のヨーロッパ生活を支えてくださったBini家の家族の一員でもある証として同時に譲り受けられたのです(注)2014年現在、「ビーニ」と店名が変更されています)。

次ページからは、コース料理を紹介していきます。