作家ヘミングウェイ(1899~1961)

アーネスト・ヘミングウェイは“パパ”の愛称で親しまれていた有名な作家でした。ヘミングウェイが人生で愛したのは女性、酒、狩猟、釣りなどですが、中でも最も情熱を傾けていたのは文学です。それを奪われてしまった“パパ”の身に何が起きたのでしょう?

まず、彼の略歴をご紹介します。

ヘミングウェイは1899年、シカゴの郊外オーク・パークに生まれました。家は裕福で、子供時代に父親から狩猟や釣りの楽しみを教わります。高校卒業後、新聞記者になりますが、第一次世界大戦が始まると陸軍に志願してヨーロッパに渡りました。戦場で負傷した体験が、後の作品「武器よさらば」にいかされています。戦争が終わると故郷に戻り、しばらく、ぶらぶら過ごしていましたが、新聞社のパリ特派員として再びヨーロッパに渡ったのです。


花開く文学の才能

パリのヘミングウェイは著名な作家や芸術家(ピカソ、ミロ)達との交流を通じて、人間として、作家として大きく成長しました。「日はまた昇る」、「武器よさらば」は、この時期の作品です。パリはヘミングウェイにとって、まさに花のパリでした。

その後、彼はフロリダのキーウェスト、キューバなど風光明媚な土地に住み、執筆の傍ら、酒を飲んでは釣りや狩猟を楽しんでいました。そして、1952年に彼の代表作「老人と海」が書かれ、翌年、ノーベル文学賞を受賞するのです。


体力は衰えていき、文学にも行き詰まる

ヘミングウェイは1954年にアフリカのサファリに狩猟旅行に行った際に、飛行機事故に遭いました。瀕死の重傷を負った彼は、以後、健康に問題を抱え、体力は次第に低下し、文筆にも行き詰まるようになったのです。精神的にも気分の変動が激しくなり、上機嫌かと思うと塞ぎこんでしまい、自殺を口にするようになりました。そこで、有名なメイヨウ・クリニックに入院し、電気ショック療法を受けたのですが、うつ状態から回復できず、猟銃で頭を撃ち抜きました。1961年、61歳の時です。


ヘミングウェイの精神症状

ヘミングウェイの精神症状は躁うつ病のそれです。躁うつ病は気分の上がり下がりが大きいのが特徴で、“パパ”も上機嫌でパーティ気分でいるかと思えば塞ぎこんでしまい、気分の変動は次第に手に負えないレベルにまで達しました。自殺願望を口にするのは“うつ”の重症のサインです。

電気ショック療法は自殺願望があったり、お薬の効果がない場合に適応となります。記憶の喪失は電気ショック療法では比較的現れる副作用で通常、数ヶ月すると回復します。ヘミングウェイは作品のインスピレーションを過去の体験から得ていたので、記憶を無くすことは何も書けなくなることを意味しました。書くことが生きがいの彼にとっては悲劇的です。

『 次回は、躁うつ病の治療についてお話いたします。 』


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