▼ Who is Naomi Judd?

皆様は、カントリー音楽のナオミ・ジャッドをご存知ですか?

彼女は娘のワイノナと二人でJuddsを名乗り、「Mama He's Crazy」、「Love Can Build A Bridge」等、数々のヒット曲を放ち、グラミー賞を6回受賞しました。

今回は、彼女の身に起きたパニック発作のエピソードと如何にそれを乗り越えたかをお話致します。


▼ アメリカンドリーム!

ナオミ・ジャッドは‘46年、ケンタッキー州に生まれました。父親は、ガソリンスタンドを経営し、母親は、リバーボートのコックをしていました。
17歳で、結婚し、ワイノナ、アシュレイの二人の娘をもうけましたが、数年後、離婚し、2人の子供は、彼女一人で育てることになりました。

生活費を稼ぐために、ウェートレスなどをしていましたが、生活は困窮し、医療保険もなく、車も持てないほどでした。
生活を安定させるために、看護師になろうと決心し、29歳の時に看護学校に通いはじめました。
卒業後、病院で働く傍ら、ウェートレスをして生活を支えました。

その頃、カントリー音楽に出会い、娘のワイノナと共に、音楽に夢中になりました。当時、ワイノナは12歳でしたが、既に天才的な歌の才能を示し、ナオミは娘と共にデビューを夢見るようになり、とうとう、一家はカントリー音楽の聖地ナッシュビルへ引越しました。

そして、‘83年、37歳の時、彼女の友人の助けで、レコード会社のオーディションを受けるチャンスがやってきました。
重役の前で、ライブ演奏という異例のオーディションでしたが、二人の演奏は素晴らしく、二人はレコード契約を結ぶ事に成功しました。
すぐに、シングルの「Mama He's Crazy」が大ヒットし、以後、数々のヒット曲が生まれました。


▼ 肝臓を悪くして一時引退

しかし、徐々に彼女の体調は悪化し、C型肝炎に罹っている事が判明しました。
看護師として働いていた時の針事故からこの病気に感染したようです。
彼女は、療養に専念する為、‘91年に引退しました。

しかし、彼女の健康状態はインターフェロン療法によって、改善し、2000年に、娘とJuddsを再結成し、復活を果たしました。

彼女のもう一人の娘、アシュレイは音楽にあまり興味を示さず、母、姉とは、別の道を選び、モデル、女優になりました。「氷の接吻」、「Double Jeopardy」に出演し、今では、大スターです。


▼ パニック発作

パニック発作というと、前触れがあるのではと思われがちですが、多くは、青天の霹靂で突然やってきます。

彼女の場合も、引退前のツアーの最中、移動中のバスの中で突然、パニック発作が起きました。

症状は典型的で、
「突然、心臓がドキドキし始め、気分は悪くなり、体は震え始め、恐怖で、頭がおかしくなってしまいそうになった」
と彼女は、振り返っています。

医学的知識のある友人に相談したところ、精神科に行くのを薦められ、パニック障害と診断されました。

彼女は、薬を飲み、カウンセリングを通じてパニック発作の理解と対処の仕方を学び、パニック発作を克服しました。

彼女の活動は、多岐にわたりますが、その一つとして、パニック障害への理解を深める社会活動を行っています。


<注>上記の写真は、Naomi's Breakthrough Guide: 20 Choices to Transform Your Life(Amazon.co.jp)から引用しました。

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