「部下のモチベーションを高める」というけれど……
田坂:また、最近よく言われる「部下のモチベーション、やる気を高める」という言葉も、落とし穴に陥りがちな言葉です。
―― ただ、それは相手のためでもあり、いいと思うのですが……。
田坂:それは、本当に相手のためなのでしょうか。モチベーションを高めるという発想の本当の目的は、相手の働き甲斐を高め、成長を支えるということよりも、本当は、生産性を上げる、売上げを増やすなどの目的があるのではないでしょうか。これも部下の立場になってみれば、なぜそれが落とし穴なのかがわかります。例えば、ある部長が課長に対して次のようなことを話している状況を、想像してみてください。
部長:「君も、なかなかコーチングがうまくなったな。部下の田中君も、やる気を出しているじゃないか?」
課長:「ええ、だんだんとうまくなってきました。田中君は、かなりやる気になってきましたから、今期の売上げは、目標をかなり上回ると思います。」
部長:「それは楽しみだな。その調子で、他のメンバーにもどんどんコーチングをやって、一気に売上げを倍増させてくれ。」
もし、この部長と課長の会話を部下の田中君が耳にしたら、どう思うでしょうか?
―― きっと、嫌な気持ちになるでしょうね。とはいえ、会社は利益の追求が目的ですから、それも仕方ないような気がしますが……。
利益は「目的」ではなく「手段」
田坂:そこには「目的」と「手段」の混同があります。会社の利益は「手段」であり、「目的」ではありません。企業経営にとって最も大切なものは、社員の「働き甲斐」です。社員が目を輝かせ、生き生きと働ける会社であること。それこそが企業経営の本当の目的となるべきです。しかし、その目的を実現するためには、やはり、会社を維持し、発展させなければならない。そして、そのためにこそ、経営者やマネジャーは、利益を上げ、株主に報いなければならないのです。それは、決して逆ではない。利益を上げ、株主に報いるために、社員の「働き甲斐」を高めるのではないのです。その意味において、利益とは「手段」に他ならないのです。
いま、我が国においても、米国型の株主資本主義の影響で、「利益こそすべて」という考えが急速に浸透しています。そして、競争原理や市場原理が声高に叫ばれるなかで、「生き残り」「勝ち残り」「サバイバル」といった寂しい言葉が、世の中に溢れています。しかし、我々が一生懸命に働くのは、ただ生き残るためではない、勝ち残るためではない。もっと素晴らしい何かのために、我々は、一生懸命に働いているのではないでしょうか。いま、我が国においては、この三つの寂しい言葉が、人々の「働く喜び」や「働き甲斐」を奪っている。そのことに、我々は、気がつくべきでしょう。
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