建築期間2000年のビッグ・プロジェクト、万里の長城
ピラミッド、ナスカの地上絵、ストーンヘンジ、マチュピチュ、モアイ……人々のロマンをかき立てる数多くの世界遺産の中で、「規模」という点で極めつけが万里の長城だ。紀元前8世紀にはじまる春秋時代から17世紀の明代まで建築期間は2000年を超え、歴代で建造された長城は一説によると50000キロメートルになるという。中国国家文物局の発表によると、そのうち現存するのは21196.18キロメートルで、明代の長城だけで8851.8キロメートルに達するという。地球の円周が約40000キロメートル、日本の本州が約1500キロメートルであることと比べると、その桁外れのスケールがわかる。
こうした長城は15の省に点在し、約44000点の遺産があるというが、世界遺産「万里の長城」に登録されているのは北京市郊外の八達嶺、秦皇島市の山海関、嘉峪関市の嘉峪関の3件だ。
万里の長城で遭難寸前!?
万里の長城の大きさには本当に度肝を抜かれた。長城といえばまずは北京の八達嶺。八達嶺では男坂・女坂と呼ばれる区間を歩くことができるのだが、私は北京で知り合った友人とふたりで「スゲーッ!」とか言いながら、観光気分でのんびり歩いていた。
といっても、ふたりともガイドブックを持っていなかったので、適当にぶらぶら歩いているだけ。でも一本道だし、迷うはずもないということで、恐れることなく歩を進めていった。「最後には柵か何かあって、歩いていいのはここまでだっていう終点があるはずだ。きっとそこからロープウェイかバスで引き返せるはずだ」なんて考えて。ところが。
気づくと観光客はほとんどいなくなり、手すりもなくなり、長城には階段さえなくなった。起伏はどんどん激しくなり、壁にしがみつかないと下りることさえできない。八達嶺はとてもキレイな石が敷き詰められているので、滑り台のようにそのまま落ちてしまいそうだ。
「いや、でも絶対にロープウェイがあるはず」。そう信じて起伏を越えて先へ先へ進むが、まだまだ延々と長城は続く。数キロも歩いていないのにもうヘトヘト。上をただ歩くのさえ辛いのに、これを何千キロも造るってすごすぎる! 戻って起伏をふたたび登るのもイヤだから、仕方なくさらに前進する。そのうち水も飲み干すと、友人は「オレ、もうダメっす。オレは置いて先に進んでください…」。万里の長城で遭難寸前だ。わかった、勇気をもって引き返そう。滑り台を上るのは本当にしんどかったが、長城の凄さを肌で感じた1日だった。
ロープウェイの看板を見落としてしまったがためのこの始末。いまではおそらくロープか何か張られてて、立ち入り禁止の文字があるのではないかと思う。といっても、司馬台から金山嶺にかけての長城10~30キロメートルほどを数時間~数日かけてトレッキングするなんていうツアーもあったりする。しっかり準備して歩いたら、万里の長城を満喫できるに違いない。
世界遺産「万里の長城」の3つの構成資産
世界遺産としての「万里の長城」は、八達嶺・山海関・嘉峪関の3件を構成資産としている。中国観光のハイライトとなっているこれら3件の概要を紹介しよう。<1. 八達嶺(はったつれい)>
もっとも有名な長城。北京へ入る要衝を押さえており、道がここから四方八達に分かれることからこの名がついた。ベースは5~6世紀の北魏の時代に築かれ、北京が首都になった15~16世紀の明代に大幅に増築・延長されて現在の姿になった。
焼成レンガを積み上げた非常に堅牢な長城で、高さは平均7メートル、最大14メートルに達し、幅は平均6.5メートルに及ぶ。峰々をつないで延々と続く姿は壮観で、約3.7キロメートルが一般に公開されている。
■Googleマップ
■入場について
・4月1日~10月31日
発券時間06:30~19:00、入場料40元(学生・60歳以上・7~18歳は半額、6歳以下無料)
・11月1日~3月31日
発券時間07:30~18:00、入場料35元(学生・60歳以上・7~18歳は半額、6歳以下無料)
■アクセス
北京中心部から北へ約60キロメートル。最寄り駅は北京市郊鉄路S2線の八達嶺駅で、市内から約1時間。公共バスは877路・919路が通っており、徳勝門から1~1.5時間。八達嶺は北京旅游集散中心の旅游バス(観光バス)A~C線にも含まれている。A線は世界遺産「明・清朝の皇帝陵墓群」の明十三陵(定陵)、B線は世界遺産「頤和園」にも立ち寄る。
■リンク
・万里の長城 八達嶺(公式サイト。日本語他)
・北京旅游集散中心(公式サイト。中国語) <2.山海関(さんかいかん)>
海に面した長城で、満州や朝鮮半島と北京を結ぶ要衝に築かれている。長城の最初の関城という意味で、鎮東楼は「天下第一関」と呼ばれている。
後金を建国して勢いに乗る女真族のヌルハチ(清の初代皇帝)やホンタイジ(第2代皇帝)の攻撃をはねのけた難攻不落の関城で、ここを守っていた明の呉三桂が降伏するまで落ちることはなかったという。
天下第一関以外にも、海に突き出した老龍頭や孟姜女廟など、見どころは多彩。
■Googleマップ
■入場について
・利用時間(天下第一関、老龍頭、孟姜女廟等)
11月1日~4月30日:07:30~17:30、5月1日~10月31日:07:00~18:00
・入場料
場所によって異なり、15~80元。一例として、天下第一関40元、老龍頭50元、孟姜女廟25元、山海行宮80元。複数の見どころをまとめたチケットなどもある。
■アクセス
山海関は北京の東約270キロメートルに位置する。最寄り駅は山海関駅で、北京から2~3時間程度。北京からなら電車が便利だが、山海関には空港もある。
■リンク
・山海関景区旅游網(公式サイト。中国語/英語) <3. 嘉峪関(かよくかん)>
明代の長城の西端の関城で、城といえるほどの規模を誇り、「天下の雄関(天下第一雄関)」と呼ばれた。黄土を固めた土とレンガで用いて築かれていることから、黄色く輝いている。
建設は1372年で、関城の城壁の高さは約11メートルに及ぶ。三重の城壁に囲まれており、敵を内部に引き入れて弓矢で殲滅する工夫がなされている。
北西約7キロメートルには45度もの角度で山を駆け上がる懸壁長城がある。こちらも世界遺産に含まれており、眺めも非常によいのでお忘れなく。
■Googleマップ
■入場について(嘉峪関文物景区)
・ 11月1日~4月30日
利用時間08:30~18 00、入場料100元(学生・60歳以上・7~18歳は半額、6歳以下無料)
・5月1日~10月31日
利用時間08:00~20:00、入場料120元(学生・60歳以上・7~18歳は半額、6歳以下無料)
■アクセス
嘉峪関市は北京の西約1500キロメートルに位置し、空港と駅がある。電車の場合、北京から所要20~35時間ほど(電車による)、成都からでも21~22時間ほどかかる。
■リンク
・嘉峪関市旅游局(嘉峪関市の公式サイト。中国語)
・甘粛省観光局(甘粛省の公式サイト。日本語)
まだまだある! 観光できる万里の長城
万里の長城といっても20000キロメートル以上あるわけだから長城はあちらこちらに点在しているし、土地ごとに姿形も異なっている。ここではそのうちの代表的なものを紹介しよう。■居庸関(きょようかん)
北京中心部から約50キロメートル。首都を守る防衛線として重要な役割を担った関城で、門にはヒンドゥー教の神鳥ガルーダや蛇神ナーガのレリーフがあり、サンスクリット・チベット・パスパ・ウイグル・西夏・漢の六種の文字が刻まれている。
■慕田峪(ぼでんよく)
北京中心部より70キロメートルほど。北斉時代に築かれ、明代に改修された長城。高速道路や駅からも近く、ロープウェイが完備されていることから、近年八達嶺と並んで人気の長城となっている。
■司馬台(しばだい)、金山嶺(きんざんれい)
北京中心から約120キロメートル。明代の長城で、八達嶺や慕田峪のように大幅な修復がなされていないため、歴史ある風情が楽しめる。途中、鴛鴦湖によって長城が分かれている様が美しい。金山嶺と隣接している。 ■虎山(こざん)
北朝鮮国境に接する丹東にあり、鴨緑江を望む。山海関より東に位置しており、経度的にはここが長城の東端となる。
■黄崖関(こうがいかん)
天津より30キロメートルほどにある長城で、北斉の時代に築かれ、明代に改修された。険しい山中を這うように築かれており、名勝地として名高い。
■雁門関(がんもんかん)
紀元前の時代から北方民族に対する玄関口となっていた要衝で、匈奴・ウイグル・契丹・タタール・オイラートなどと攻防を繰り返した。やはり明代に増改築され、寧武関・偏頭関と並んで「外三関」と呼ばれた。
■玉門関(ぎょくもんかん)
紀元前2世紀に漢の武帝が築いた関で、漢代の長城の西端にあたる。こちらは世界遺産「シルクロード:長安-天山回廊の交易路網」の構成資産となっている。
万里の長城の歴史1. 春秋~北魏の長城
紀元前221年、秦の始皇帝は燕・趙・韓・魏・斉・楚の6か国を滅ぼすと、史上はじめて中国を統一する。それまで国ごとに異なっていた貨幣や度量衡・車軌(車軸の距離)をそろえ、富国強兵に努めた。そして数百万人を動員して春秋・戦国時代に築かれた各国の長城を結び、これを延長して匈奴の侵入に備えた。紀元前100年頃に編纂された司馬遷の『史記』に「万余里の長さ」と記されたことから「万里の長城」の異名がついた。この頃の長城は騎馬民族の侵入を防げればよいということで、馬が上れない程度の小さなもので、ただの土塁だったりする部分も多かったという。実はこの時代の長城はほとんど残っていない。
漢の時代に武帝が匈奴討伐を行って領土を西に大きく伸ばし、それに伴って長城は敦煌近くの玉門関にまで延長された。さらに北魏の時代に1000キロメートルが延長されるなど、時代時代に増築された。
万里の長城の歴史2. 明による大増築
1368年、洪武帝が明を建国し、久しぶりに漢民族の巨大国家が中国を統一した。続く永楽帝の時代に北京に遷都すると、北方民族の侵入に備えて万里の長城の大幅な増築・延長を行った。明代に整備された長城は、東は朝鮮半島に近い虎山や山海関から西はゴビ砂漠の嘉峪関まで、総延長は8000キロメートルを超えるといわれる。この頃には切り出した切石や焼成レンガが用いられ、堅牢華麗な長城が建てられた。写真などでよく目にする長城はほとんどがこの時代のものだ。 総延長については諸説あり、どこまでを長城に含むかで数値は大きく変わるようだ。一説では、中国史上で築かれた長城は、各民族のものや南部のものも合わせると50000キロメートルを超えるという。
万里の長城には約50の観光地があり、年間1000万人が訪れている。中国は長城保護条例を制定して保護に努めているが、あまりに多すぎる観光客や、住民によるレンガなどの素材の盗難によって損傷箇所が急速に増えているという。すでに30%が消失しており、状態がよいのは全体のわずか8%という報告もあり、遺産の破壊を懸念する声が年々高まっている。
万里の長城への道
■エアー&ツアー情報八達嶺をはじめとする北京郊外の長城への観光は、そのまま北京が起点となる。北京へは札幌、成田、羽田、名古屋、大阪、沖縄などから直行便が出ている。格安航空券で3万円前後、ツアーは3日間6万円前後から。
山海関には空港もあるが、北京から電車で訪ねるのが一般的。日本から嘉峪関に飛ぶ場合は2度前後の乗り換えが必要となる。格安航空券で8万円前後から。嘉峪関の北西300キロメートルほどにある敦煌の方が便が多いうえに、世界遺産「莫高窟」もあるのでオススメ。敦煌から嘉峪関まで電車で4~6時間。 ■周辺の世界遺産
北京近郊には万里の長城も含めて7つもの世界遺産が存在する。
- 万里の長城(八達嶺)
- 北京と瀋陽の明・清朝の皇宮群(故宮=紫禁城)
- 明・清朝の皇帝陵墓群(明十三陵など)
- 天壇:北京の皇帝の廟壇
- 頤和園:北京の皇帝の庭園
- 中国大運河(通恵河・北京旧城段、通恵河・通州段など)
- 周口店の北京原人遺跡
万里の長城のベストシーズン
北京の夏の平均最高気温は34度、最低は22度。冬は最高2度、最低-9度。夏は東京よりもやや暑く、冬は東京よりかなり寒い。特に冬の冷え込みは厳しく、-10度を下回ることもある。雨は夏に多く、降水量は7~8月に集中する。といっても100ミリメートルに満たず、東京では平均的な降水量だ。
ハイシーズンは冬を避けた4~10月で、花が咲く春や紅葉が美しい秋がベストシーズンとされている。
世界遺産基本データ&リンク
【世界遺産基本データ】登録名称:万里の長城
The Great Wall
国名:中華人民共和国
登録年と登録基準:1987年、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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