多文化融合都市「サルバドール・デ・バイア歴史地区」

サン・フランシスコ教会

黄金をふんだんに使い、南米随一の豪華さを誇るサン・フランシスコ教会。ブラジル・バロックの傑作だ

南米一ハッピーでクレイジーなラテン都市サルバドール。カンドンブレ、サンバ、アシェ、カポエイラをはじめ数々の音楽やダンスを生んだこの街は、16~18世紀にかけてポルトガル領ブラジルの首都として繁栄し、南米先住民・アフリカ黒人奴隷・ヨーロッパ移民の文化を融合させて、多彩な文化を生み出した。

今回はブラジルの世界遺産であり、アフロ・ブラジル文化の中心地、「サルバドール・デ・バイア歴史地区」を紹介する。

世界一の熱狂、サルバドールのカーニバル

サン・フランシスコ教会、黄金のチャペル

サン・フランシスコ教会、黄金のチャペル。使用した金は合計すると1tになるともいわれる

キリスト教でもっとも重要な祭日である復活祭=イースター。イエスが復活したこの日を祝うために、イースター前の46日間、キリスト教徒は祈りや断食を行って身を清める。この期間を四旬節というのだが、この四旬節の直前に行われるのが謝肉祭=カーニバルだ。

リオのカーニバル、サンボドロモのパレード

リオのカーニバルのメイン・イベント、サンボドロモのパレード。予選を勝ち抜いた選抜チームによるブラジル・サンバ・コンテストの頂点

一説によると、カーニバルの語源はラテン語の"carne vale"(「肉よ、さらば!」あるいは「肉よ、ありがとう!」)。日本語の「謝肉」もここから来ているわけだが、ラテン諸国ではどうやら「身を清める前にパーッとやろうぜ!」という具合に解釈されるようになったらしい。

そして毎年2~3月の数日間、山車(だし)やパレードを出してカーニバルを祝う。日本で有名なのはリオ・デ・ジャネイロで行われる「リオのカーニバル」だが、ブラジルでもっとも盛り上がるといわれるのは「サルバドールのカーニバル」なのだ。

カーニバルの参加者はなんと100~200万人! 市内の広場や通りのそこかしこにスピーカーが据え付けられ、あるいは山ほどのスピーカーを搭載したトラックが現れて、辺りが瞬時にダンス会場と化す。

 

バックにかかっている音楽はサンバをアレンジしたアシェ。2~3歳の子供から半裸の女性、仮装した団体、同性愛者の一団、おじいちゃん・おばあちゃんまで、あらゆる人種の老若男女が朝から晩まで腰を振って踊りに踊る。

サルバドールにおいて、カーニバルは山車やパレードを見るものではない。参加して、踊り楽しむものなのだ。

音楽の都サルバドール

コロニアル調の街並み

コロニアル式の家並みが美しいサルバドールの街並み。上に見える塔はロザリオ・ドス・プレートス教会のもの

カポエイラ

ダンス格闘技、カポエイラ。逆立ちやバック宙などアクロバティックなその動きはさまざまなダンスに取り入れられている

サルバドールという街の特徴はこうしたダンスや音楽によく表れている。

この地にダンスや音楽をもたらしたのはアフリカから運ばれてきた黒人奴隷たちだ。16~19世紀、数百万の黒人奴隷が輸入され、サルバドールのサトウキビ・プランテーションで強制労働に従事していた。彼らが農園で広めたダンスが「カンドンブレ」だ。

カンドンブレは神々の姿や動きを象って祈りを捧げる宗教ダンス。打楽器をバックに、シャーマンが神々を憑依させてさまざまなダンスを踊る。

このカンドンブレにヨーロッパの洗練されたリズムが加わって誕生したのが「サンバ」だ。宗教ダンスは誰にも踊ることのできるサンバになって急速に広まり、ブラジル中に浸透した。そしてサルバドールではサンバにレゲエやポップスのテイストを加えて「アシェ」へと進化した。

 

サンバ・ダンサー

サンバ・ダンサー

サルバドール発の音楽はこれだけではない。

手を鎖でつながれた黒人奴隷が足でリズムを踏み、戦ったことから生まれたダンス格闘技「カポエイラ」もサルバドール発といわれている。またテクノやハウスなども盛んで、近郊の海岸ではレイヴと呼ばれるトランスの野外ダンス・パーティがしばしば開催されている。

サルバドールは種々の音楽を融合させて、現在も独自の音楽を生み出し続けている。こうした現象は音楽に留まらず、料理・絵画・建築等々あらゆる分野で見ることができる。多文化融合はサルバドールのアイデンティティなのだ。