こどもの日(端午の節句)になぜ鯉のぼりをあげるの?

鯉のぼり

大空で泳ぐ鯉のぼりにはどんな意味があるのでしょう?

5月5日のこどもの日(端午の節句)に鯉のぼりをあげるのはなぜでしょう? 鯉が水中ではなく空で泳いでいるのですから、改めて考えると不思議ですよね。

よく、大空に泳ぐ鯉のぼりのように元気に育ってほしいと言いますが、鯉のぼりの成り立ちにはさらに深い思いがあり、子どもに対する親心を感じます。
 

鯉のぼりの意味:「登竜門」で鯉が立身出世のシンボルに

鯉のぼり 立身出世

生命力の強い鯉だからこそ、竜門を登って龍になれたのです!

もともと、鯉は清流のみならず池や沼地などでも生息できる、生命力の強い魚です。
中国の黄河上流に竜門という激流が連なる滝があり、そこを登り切った魚は霊力が宿って龍になるといわれていました。その滝を登るほどの勢いのある淡水魚は鯉をおいて他になく、ある時一匹の鯉が激しい滝水に逆らいながら竜門を登りきったところ、鯉は龍へと変身して天に昇っていったという伝説があります。中国では龍は皇帝の象徴でもあり、とても縁起のいいものなのです。

つまり、鯉のぼりには、人生という流れの中で遭遇する難関を鯉のように突破して立身出世して欲しい、という願いが込められているのです。
 
この「登竜門」 という故事が、立身出世の関門を示すお馴染みの慣用句の語源です。古代中国の超エリートである官吏登用試験制度の科挙の試験場の正門も、「竜門」という名だそう。また、「滝」という漢字もこの故事に由来しています。日本では「鯉の滝登り」としても有名です。
※使用漢字には、登竜門と登龍門、龍と竜、どちらの説もあります。
※登竜門の故事は中国の「後漢書」「三秦記」が起源となっていますが、原書には「魚」となっており「鯉」の記述はありません。後に鯉として解釈されていったようです。

 

鯉のぼりの由来・起源:武家の幟に対抗し、町人が鯉のぼりを作った

鯉のぼりだけでなく、幟を立てる地方もたくさんあります

鯉のぼりだけでなく、幟を立てる地方もたくさんあります

もともと日本では、将軍に男の子が生まれると旗指物(家紋のついた旗)や幟(のぼり)を立てて祝う風習がありました。やがてこれが武家に広がり、男の子が生まれた印として幟を立てるようになりました。端午の節句には幟を立て、虫干しを兼ねて鎧や兜を飾るのが武家の習わしでした。

一方、江戸の裕福な商家でも、武家に対抗しようと武具の模造品などを飾るようになりました。そして、鯉の滝登りで立身出世のシンボルだった鯉を幟にするアイデアがうまれ、武家の幟に対して、町人の間で鯉幟(こいのぼり)が揚げられるようになりました。江戸時代の浮世絵には、武家屋敷では幟が中心で、町人の間では鯉のぼりがあげられている様子が描かれています。また、子どもたちが、手持ちの鯉のぼりを持って遊んでいる様子もたくさん描かれています。

当初は和紙に鯉の絵を描いたものでしたが、破れない布製の鯉のぼりができ、昭和30年代に入ってから合成繊維の鯉のぼりが誕生し現在に至ります。
 
 

鯉のぼりの色:黒一色から多色化へ

鯉のぼり

黒の真鯉だけだった鯉のぼりが、家族の象徴に変化した

江戸時代に誕生した鯉のぼりは、黒の真鯉のみでした。やがて、明治時代ごろから緋鯉が加わり、真鯉と緋鯉の2色になりました。

その後、昭和時代から青や緑などの子鯉を添え、家族を表すスタイルになっていきました。一説によると、『こいのぼり』(作詞:近藤宮子、作曲:不明)の童謡がファミリー化に影響を与え、東京五輪のマークにヒントを得て多色化されていったそうです。

現在は、黒の真鯉は父、赤の緋鯉は母で、長男が青、次男が緑、長女にはピンクやオレンジ……という感じで、家族が増えるたびに増やしていく家庭が多いようです。

 

多様な鯉のぼり:ベランダ用、室内用の鯉のぼりも人気

子供の健やかな成長とともに、立身出世の願いが込められた鯉のぼり。大空に泳ぐ鯉のぼりは、端午の節句、こどもの日の象徴です。現在は、住宅事情に合わせてベランダ用の鯉のぼりや、お部屋で飾れる鯉のぼりなど多様化し、季節の飾りものとしても人気です。


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