ほろ苦い、大人の味わい
この時期、かならず話題に上がってくるのが秋刀魚。同時に、物書きの誰かが小津映画の『秋刀魚の味』を枕にエッセイなんぞを書く。この秋、私もそのひとりとなる。ところでこの小津映画にはサンマのサの字さえ出てこない。全編に流れているのは、人生の秋を迎えた人々の哀愁とほろ苦さだ。小津安二郎は秋刀魚独特の味わいをタイトルに託したのだ。
子供の多くは、あのほろ苦い味わいを苦手とする。ところが時を積み重ねるうち、いつしか秋刀魚の旨味を実感するようになる。あえて美味とはここでは書かない。つまり大人の味。小津は、生きることによっていつしか人が身にまとい、実感するほろ苦さを描いた。
もっとも私が好むシーンがある。笠智衆が、婚期の遅れを心配していた娘(たしか岩下志麻が演じてた)を嫁に送り出した夜、宴を終えてそのまま行きつけのトリスバーかなんかに行く。ママ役の岸田今日子がとっぽくて、ぱっと見の服装から「あら、お葬式の帰り」とかなんとか言っちゃうんだな。で、笠智衆がどう受けたか。ごめん、忘れた。が、「まあ、そんなようなもんだ」ってなやりとりがあった。
このシーンなんか、まさに秋刀魚の味ではないか。初老の男が滲ませる、安堵感とは言い切れぬほろ苦さ、哀愁。娘を嫁に出す日は、父親にとっては葬式みたいなものかもしれないしね。シーンとしては妙味だが、小津の凄味を感じる。
70歳の誇りあるウイスキー
1937年10月8日誕生の角瓶。祝70周年。 |
その若かりし頃からこのいままで、私がずっと最も素敵だと思っているウイスキーがある。角瓶。10月8日、70歳の誕生日を迎える。
70歳のこの一瓶は、どんなに麗しく高級なウイスキーにも負けない。まさに秋刀魚だ。何故秋刀魚なのか、次の頁でじっくりと述べたい。
(次頁へつづく)